昭和54年 (1979)
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【デキゴト】
01・01 米中 国交が回復し アメリカは台湾と断交
01・04 米証券取引委 ダグラスに続き グラマン社の海外不正支払いを公表
01・08 カンボジア救国民族統一戦線 ベトナム軍の支援で ポル・ポト打倒
ヘン・サムリン プノンペンに入城してカンボジア人民共和国樹立
01・13 大学入試の改革 第1回 共通1次試験 実施 (~1/14)
01・16 イランのパーレビー国王 国外に亡命 (王制崩壊)
2/1 ホメイニ師 パリから15年ぶりに帰国 2/11 イランの革命成る
01・17 国際石油資本 対日原油供給量削減を通告 (第2次石油ショック)
01・18 グラマン社前副社長 E2Cの売込みに介在した日本政府高官は
岸信介・福田赳夫・松野頼三・中曽根康弘と証言(ダグラス・グラマン事件)
01・19 東京足立区で 中学2年生の男子生徒 いじめを苦に首吊り自殺
01・20 奈良市で 「古事記」 の編者 太 安麻侶 の墓が発見される
01・25 上越新幹線 大清水トンネル(22228m 世界最長の山岳トンネル)貫通
01・26 大阪 三菱銀行北畠支店で猟銃強盗が 行員・客ら 40人を人質に篭城
支店長・警察官ら4人を射殺 犯人は約42時間後警察狙撃隊が射殺
01・31 江川 卓 阪神と入団契約 即日 巨人 小林 繁 投手とのトレードが成立
02・01 グラマン疑惑 渦中の人物 日商岩井の常務が自殺
02・07 埼玉県深谷市の宅地造成地から 小判489枚(約1億円) を発見
02・12 広島競輪で 着順と配当金の放送ミスのため 観客1万人が暴動
02・14 衆議院予算委 ダグラス・グラマン航空機不正取引疑惑で 日商植田社長
らを証人喚問 4/2 東京地検 日商副社長 海部八郎を逮捕
02・17 中国軍 ベトナム北境に侵攻 (~3/16 撤兵 いわゆる 中越戦争)
03・08 中国自動車道と九州自動車道が 下関市で接続
03・14 電話の自動化が完了 全国にダイヤル即時通話が可能に…
03・17 ウィーンの世界フィギュァースケート選手権大会で渡部絵美が3位入賞
03・20 上越新幹線 大清水トンネル工事で出火 作業員14人救援2人が死亡
03・21 EC 対日戦略基本文書 「日本人はウサギ小屋に住むワーカホリック」
03・22 山口地検 殉職自衛官の靖国神社合祀 に対し 違憲の判決
03・26 イスラエルとエジプトが平和条約に調印
03・28 米ペンシルバニア州・スリーマイル島原子力発電所で放射能漏れ事故
04・03 中国 「中ソ友好同盟相互援助条約」 の破棄をソ連に通告
04・06 カンボジア西部全域で ベトナム軍 ポル・ポト勢力撃滅の作戦 実施
04・08 鈴木俊一 東京都知事に 岸 昌 大阪府知事に当選 (革新都・府政 退潮)
04・19 前年密かに A級戦犯 靖国神社合祀の事実判明 マスコミが報道
04・22 地方 市町村長・議員選挙 保守・中道が勝利
04・28 山下泰裕 全日本柔道選手権大会で史上初の3連覇を果たす
05・03 英総選挙 保守党圧勝 サッチャー党首 先進国初の女性首相に…
05・08 NEC PC‐8801を発表 (9月発売 パソコン・ブームの口火となる)
05・12 尾道と今治を結ぶ本四連絡橋のうち 大三島橋の開通式 挙行
05・15 北海道夕張市の炭鉱で ガス爆発発生 16人が死亡
05・20 国鉄の初乗り運賃が 100円に値上げ
05・24 衆議院 航空機輸入調査特別委 元防衛庁長官松野頼三を 証人喚問
7/25 松野頼三 議員を辞職 大物政治家関与の疑惑事件うやむやに
06・08 黒木 博 宮崎県知事 受託収賄容疑で逮捕
06・11 ハリウッド西部劇のスター ジョン・ウェイン没(72歳)
06・16 大手スーパーのダイエー 人気加熱で社会問題化していた
インベーダー・ゲーム機を 全国155店から一斉に撤去
06・18 米ソ ウィーンで 第2次戦略兵器制限条約 (SALT Ⅱ) に調印
06・24 カーター米大統領 来日(~6/29) 6/25 天皇と会見
06・28 第5回 主要先進国首脳会議 東京で開催 石油輸入量問題を論議
07・01 ソニーが ヘッドフォン付き再生専用プレーヤー “ウォークマン” 発売
07・11 東名高速道路 日本坂トンネル内で玉突き衝突 173台炎上7人死亡
07・16 イラクで 革命評議会副議長のサダム・フセインが大統領に就任
07・20 南米ニカラグァ独裁政権崩壊 民族解放戦線 臨時政府樹立を宣言
07・20 スイスで 国連難民会議 開幕 (インドシナ難民の救済を検討)
07・22 千葉県の国立佐倉病院で 日本初 死体腎臓移植がなされる
07・27 GATT東京ラゥンドの ジュネーブ議定書に調印
日本の鉱工業品 平均関税率は´87年までに約3%まで引き下げ
08・02 千葉県君津市の寺院で飼育中の虎2頭が脱走 27日間恐怖に…
08・11 中国政府 人口爆炸を危機視して 「一人っ子政策」 を導入
08・11 東京・岩波ホールで ギリシャ映画 「旅芸人の記録」 公開
08・18 米軍 沖縄県で4万人動員の 大演習を実施
08・23 長野市の善光寺大本願で火災発生 奥書院などが焼失
08・27 歌手の田端義夫 ラスベガスのカジノで 29万ドルを獲得
09・01 アメリカの惑星探査機 “パイオニア11号” 土星に最接近
09・04 東京上野動物園の人気者 パンダのランランが死亡
09・06 阿蘇山中岳大噴火して 観光客3人死亡 16人が負傷
09・07 不信任案を提出された大平首相 衆議院を解散
09・08 会計検査院 鉄道建設公団の不正経理を追及 カラ出張など…
09・13 南アフリカ共和国に アパルトヘイトにより黒人独立国家ベンダ成立
09・18 東京 第1回 高齢者ゲートボール大会 60歳以上の720人が参加
09・25 経団連 制度の複雑性・徴収費用過大の理由で 一般消費税に反対
10・02 KDDの社員 社命で 海外から数千万円の装身具等不正持込 逮捕
10・07 第35回総選挙 自民248 社会107 公明57 共産39 民社35 他
自民党過半数に達せず 40日抗争始まる
10・26 韓国 朴正熙大統領 側近のKCIA部長に 射殺される(62歳)
10・28 長野県の木曽御岳山 有史以来の噴火を起こす
10・30 総選挙の結果を追求された大平首相 反主流派と壮絶な抗争 続く
11・04 イラン学生 元国王引渡しを求めて米大使館占拠 米大使人質に…
11・06 衆・参両議院本会議 決選投票で大平正芳を首相に指名 抗争終了
11・09 (背後に角栄) 第2次大平内閣成立 外務・大来佐武郎 大蔵・竹下 登
11・12 長野県と山梨県を結ぶ 南アルプス・スーパー林道 12年ぶり完工
11・13 公明・民社両党の 中道政権構想協議会 発足
11・15 京都市で賭博の借金を巡り 中学生が同級生を殺害
11・18 世界初の女子フルマラソン 第1回 東京国際女子マラソン 開催
11・28 南極観光中のニュージーランド航空墜落 日本人含む257人死亡
12・04 贈賄・社用贈答等 乱脈経営容疑で KDD本社に家宅捜索
12・06 韓国 崔圭夏を大統領に選出
12・10 マザー・テレサが ノーベル平和賞受賞
12・13 国鉄のリニアモーターカー試験車 時速512kmの自己記録を更新
12・12 軍事クーデター 全斗煥ら軍部が政権把握 全 大統領に…
12・14 官公庁腐敗 会計検査院 「不正経理・国費 浪費270億円」と発表
この他 カラ出張・カラ超勤・カラ会議・ヤミ賞与・ヤミ休暇 等 続々
12・21 衆・参両院本会議 一般消費税反対を決議
12・27 アフガニスタンで親ソ派クーデター ソ連が軍事介入 侵攻
12・31 美空ひばり 7年ぶりにNHK紅白歌合戦に出場
● 外食産業 急成長 ● 原発反対運動 ● インベーダー・ゲーム流行
● 「日本人は うさぎ小屋に住む ワーカホリック」 ECのレポートに記載
● 前年の円高から反転して 外為相場円安に振れる
●大規模小売店法 施行 (売り場面積・営業日数・営業時間に規制)
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【物 価】
国鉄入場券 100円 上野~青森 9400円 新橋~大阪 5300円
白米 10kg 3128円 銭湯 170円→180円 ビール 215円
国家公務員 初任給 97,500円 大卒男子 初任給 109,500円
都市サラリーマン 平均月収 330,261円
【流行語】
ウサギ小屋 省エネ 夕暮れ族 エガワる 天中殺
ギャル 熟 年 ワンパターン 足きり ナゥい シカトする
公費天国 (カラ出張・カラ超勤・カラ会議・ヤミ賞与・ヤミ給与・ヤミ休暇 etc)
キャリア・ウーマン チープ・ガバメント 新工業国群(NICS)
【新製品】
ヘッドフォンステレオ ウオークマン TPS‐L2 ( ソニー ) 39,000円
ラジカセ ザ・サーチャー W (シャープ) 95,000円
カ メ ラ AF 35M オートボーイ (キャノン) 42,800円
炊 飯 器 マイコン・ジャー (松下電器) 29,800円
パソコン PC-8001 (日本電気) 168,000円
ワープロ 日本語ワープロ“書院” (シャープ) 295万円
電 卓 EL‐8152 (シャープ) 7,900円
【ベストセラー】
四 季 ・ 奈 津 子 上下 五 木 寛 之 集 英 社
ジャパン アズ ナンバーワン エズナ・ボーゲル 阪急コミュニケーションズ
胡 蝶 の 夢 Ⅰ 司 馬 遼 太 郎 新 潮 社
米 内 光 政 上下 阿 川 弘 之 新 潮 社
算 命 占 星 学 入 門 和 泉 宗 章 青春出版社
【流行歌】
魅 せ ら れ て 作詞・阿木擢子 作曲・筒美京平 歌手・ジュディ・オング
舟 歌 作詞・亜久 悠 作曲・弦 哲也 歌手・八代亜紀
関 白 宣 言 作詞・作曲 さだ まさし 歌手・さだ まさし
贈 る 言 葉 作詞・武田鉄也 作曲・千葉和臣 歌手・ 海 援 隊
【野 球】
プ ロ 野 球 優 勝 セ ・ リーグ 広 島 パ ・ リ-グ 近 鉄
日本シリーズ 優 勝 広 島 4勝 3敗
「江川 巨人入団」 阪神の江川卓投手が 小林繁投手と交換トレードで巨人入団
第51回 選抜高等学校野球大会 和歌山・箕島 8-7 浪商・大阪
第61回 全国高等学校野球選手権大会 和歌山・箕島 4-3 池田・徳島
【邦 画】
復讐するは我にあり 今村昌平 監督 緒形 拳 三国連太郎 倍賞千恵子
衝動殺人 息子よ 木下恵介 監督 若山富三郎 高嶺秀子 ら
月 山 村野鐵太郎 監督 河原崎次郎 友里千賀子 ら
あ あ 野 麦 峠 山本薩夫 監督 大竹しのぶ 原田美枝子 ら
エーゲ海に捧ぐ 池田満寿夫 監督 クラウディオ・アリオッティ イロナ・スターラー
【洋 画】
ディア・ハンター マイケル・チミノ監督 ロバート・デ・ニーロ クリストファー・ウォーケン
チャイナ・シンドローム ジェームズ・ブリッジス監督 ジェーン・フォンダ ジャック・レモン
旅芸人の記録 テオ・アンゲロプロス監督 エヴァ・コタマニドゥ ペトロス・サルカディス
ビッグ・ウェンズデー ジョン・ミリアス監督 ジャン=マイケル・ヴィンセント ら
イ ノ セ ン ト ルキノ・ヴィスコンティ監督 ジャンカルロ・ジャンニーニ ら
天国から来たチャンピオン ウォーレン・ビーティ監督 ジュリー・クリスティ ウォーレン・ビーティ
【この年】
角栄逮捕・保釈、辞職のあった翌年 昭和50年の目白・田中邸は、さすがに年賀の客はまばらで 前首相も将棋を指しながら時間を過ごしたというが、その次の正月からは、従前にも増して年始に訪れる客が500人以上 彼が脳梗塞で倒れる昭和62年まで 漸増していった。 “刑事被告人" であるなしには お構いなく、目の前に 「キングメーカー」 としての実力を見せ付けられては、政官界と財界の魑魅魍魎 (ちみもうりょう) が 現世のご利益を求めて門前市をなし、新聞各紙は その盛況を写真入りで報じるのが 常となった。
政務は福田、党務は大平と分担し合い、比較的 波風の立たない政権運営で小刻みに実績を積み、そつのない外交で 得点を挙げてきたのだが、そのことが 欲気をもよおしたのか 2年で大平に交替という約束を破って、続投を図った福田は 角栄という壁の前に あえ無く潰えた。権力の味をしめた政治家の “業” をみる思いである。
大平は 53年末に第1次内閣を組閣した。大平派 5、田中派 4、福田派 4、中曽根派 3、三木派 2、その他 3、と偏りのない穏当な構成と言っていい。答弁に立つ大平首相は 「あ~ う~」 と 間延びのした独特の口調で、一見 鈍重な印象を抱かせたが この年の流行語になったぐらいだから、評判が悪かったわけではない。
彼は 四国・観音寺 中農の次男だったが、高松高商(現 香川大学経済学部) から 東京商科大学(現 一橋大学) を経て 昭和10年高等文官試験に合格して大蔵省に入省した。格別 神童・天才とはいえぬまでも 地方出身者としては、出世コースを辿ったといえる。昭和26年 池田勇人蔵相の秘書官となり、その後政界に転じて 第1次池田内閣で “低姿勢" を演出、名官房長官と評された。彼はまた無類の読書家で 該博な知識人だったとも伝えられる。
就任第1年目の54年は 特段 彼がリーダーシップを発揮する局面はなかったが、6月 東京で開かれた主要国首脳会議 (サミット) でホストとなった。サミットは 第1回目はフランス・ディスカールデスタン大統領の主唱で 同国ランブイエ城で開かれ、以後 回り持ちで サンファン・アメリカ、ロンドン・イギリス、ボン・西ドイツ、東京・日本、ヴェネツィア・イタリア、オタワ・カナダの順で開催され、毎年1回 その時世界で共通する経済的課題を討議した。昭和54年 当面していた喫緊問題はイラン革命のこともあり、再び起こった第2次オイルショックにあった。6月29日サミット2日目の朝、ディスカールデスタン仏大統領は フランス大使館に カーター米大統領、サッチャー英首相、シュミット西独首相を招き、日本の頭越しに 各国の石油輸入量を割り振った上、同日のサミット2日目会議で日本に対し 石油輸入量を昭和60年まで6年間 1日当たり540万バレルに抑えるよう要求した。議長国日本の首相をないがしろにしたフランスの出方は、明らかに礼を失し 出すぎた振舞いであった。日量700万バレルを必要とした日本は窮地に立たされ 大平首相は歯噛みをして悔しがったが、結局 630~690万バレルとする カーター大統領の助け舟により決着するという一幕もあった。
話は前後するが 54年1月4日、アメリカ上院 証券取引委員会が 又候 (またぞろ) ダグラス社の戦闘機F4C、 グラマン社の早期警戒機E2Cの海外売り込みに際し、日本政府高官 (岸 信介・福田赳夫・中曽根康弘・松野頼三 ら) に 代理店の日商岩井を通じて巨額の不正資金が渡っていると発表した。 東京地検は、マクドゥネル・ダグラス社が 50年に 戦闘機 (F4C ファントム) の売り込みに1万5000ドル?が渡ったとして 容疑摘発に着手していたのだが、捜査の矛先はもっぱら日商岩井に向けられていた。しかし その途中 日商航空機部門の責任者 島田常務が 本社ビルから飛び降り自殺して 行き詰った。この構図は 昭和35年 黒澤明が発表した映画 「悪い奴ほどよく眠る」 のストーリーを地で行くもので、果たしてこの事件の “悪い奴ら" はよく眠れたか。
2月9日 衆議院予算委員会で、岸 信介元首相、日商岩井の海部副社長、松野頼三元防衛庁長官らの証人質問がなされたが、岸と 海部は例のごとく 「記憶にない」 と 言い逃れ、松野は 5億円の収受は認めたものの、時効で 刑事訴追は行なわれなかった。結局 起訴され、執行猶予付き有罪が宣告されたのは 日商岩井関係者だけ、いわゆる “海部メモ” など有力な証拠が発覚していたにも拘わらず、ナゼか 岸・中曽根ら東大閥に検察のメスは入らなかった。ある意味 こちらのほうが罪深いと思うのだが、この辺り 角栄の 「ロッキード事件」 と大きく異なるところだ。因みに、岸 内閣時代 (昭和32年) の第1次防衛力整備計画策定この方、アメリカ航空機産業と日本政府の間には 常に数十億円単位の不明朗な噂が囁かれてきていた。
昭和49年に施行されていた 「大規模小売店舗法」 が、54年5月改訂強化された。大店法は スーパー等大型店の出店が増加し、地域 既成商店街の営業を圧迫する傾向が顕著となって 各地で “出店反対" 運動など トラブルが起こったので、中小小売業者の事業活動を保護するために 設けられた法律であった。具体的には スーパー等大型店の出店について、その場所、売り場面積など店舗規模のほか 営業時間、休業日数を、地域商工会議所が仲介、既存商店街と出店調整を行う仕組みを定めていた。実はこの調整という仕組みがクセモノで、審議会は商店街のボスがのさばって 肝心の消費者の利便に配慮を欠き 自助努力を怠ったから、商店街は次第にガラパゴス現象を助長していき かえってシャッター通りを増やすだけとなった。どんな商売でも 常に “お客様第一" を念頭に置かなければ繁盛する筈はなく、大店法も結局 平成12年に廃止された。
前年 京都府知事が蜷川虎三から 林田悠紀夫に代わり、革新府政が保守に移った。そしてこの年 東京、大阪も 保守系の鈴木俊一、岸 昌の手に帰し、地方自治における革新陣営は後退を余儀なくされた。
大平は “田園都市構想" や “環太平洋連帯構想・総合安全保障構想" などを考えていたようだが、第1次・2次の石油危機、財政の赤字が急増していた状況から、政策の順位を財政再建に置き 「一般消費税」 の導入を優先しようとした。昭和50年代半ば 直接税の比率は70%を超えていたため、薄く広く課税することで 徴税効果が期待できる間接税にウエイトを掛けようとした訳だ。いつでも 時の政府が増税を唱えて支持されたためしはない。まして 耳慣れない新税である。反対の声が沸き起こり、野党は挙って内閣不信任を突きつけてきたので、大平は解散を持って応じた。
別称 「増税解散」 と呼ばれる第35回総選挙は、10月7日に行なわれたが、ちょうどその直前に 会計検査院が "鉄道建設公団" の不正経理を暴き、さらに “国際電信電話会社 (KDD)” 社員が 社命で海外から高額の装身具などを持ち込み 摘発される事件が起こった。特に後者は政界につながる汚職を窺わせ世論は硬化、自民党は過半数にも達せぬ大惨敗を喫した。必然的に自民党内部の反主流派は 大平首相の 「政治責任」 を追及 退陣を迫ったのだが、大平は 田中派のバックアップを頼りに続投を表明した。
大平派は “お公家様” と陰口されるひ弱な集まりで、野武士的軍団 田中派によって支えられていたところから 「角影内閣」 とも呼ばれていた。これに対し 反主流派は 前年、後藤田ら 田中派の馬力で蹴落 (けおと) された怨念を抱く 福田赳夫を中心とした福田派と 三木・中曽根派との連合軍。確執・軋轢 (かくしつ・あつれき) は止まることなく、四十日間に亘る抗争の挙句 分裂したまま衆・参両議院での首班指名に、自民党から大平と福田 共に立候補するという前代未聞の事態に立ち至った。両者の一騎打ちは 辛うじて大平が制し、凝りを残して第2次大平内閣を組閣した。主要閣僚は 大蔵大臣竹下 登、外務大臣大来佐武郎、官房長官伊東正義らである。
靖国神社(松平永芳宮司) が A級戦犯として刑死または獄死した14名を 「昭和殉難者」 と称して、前年(53年10月) 密かに合祀していた事実を 読売新聞がスクープした。昭和天皇は合祀に不快感を示し、以後 皇室の参拝は行なわれていない。
眼を外に転じてみよう。1月上旬 ベトナム軍の支援を受けて カンボジァ救国統一戦線が、人民共和国を樹立、ポル・ポトによる人民大虐殺は熄んだ。ホメイニ師の主導でイラン革命が成り、パーレヴィ国王はエジプトに亡命した。産油大国の政変が影響したのか 前後してカルテックス他 石油メジャーが、対日原油輸出量削減を通告してきたことを切っ掛けに 「第2次オイルショック」 が襲った。7月には イラクでサダム・フセインが大統領に就任している。“鉄の女" と称されたマーガレット・サッチャーがイギリス初の女性首相になったのもこの年のデキゴトだった。
西部劇のスター ジョン・ウェインが6月11日に死んだ(72歳)。癌を告知された彼は、晩年を “がん基金” 設立に没頭した。在日韓国人 文世光に誤射されて夫人を失った 朴正熙大統領が、こんどは 側近の金載圭中央情報部長に暗殺された。10月26日のことである。
2月7日には 中国軍が、北ベトナムとの国境を越えて侵攻 いわゆる 「中越戦争」 が起こったが、約1ヶ月で終息した。背景に かなり複雑な事情が秘められていたようだが 省略。 3月 欧州共同体 (EC) の対日戦略基本文書の中に 「日本人はウサギ小屋に住む ワーカホリック (仕事きちがい) だ」 と書いてあると報じられて、言われてみれば それはその通りだわイ と苦笑い。
マイケル・ダグラスが製作し、ジェーン・フォンダ、ジャック・レモンが主演した映画 「チャイナ・シンドローム」 が公開されたのは3月16日だった(日本での封切りは もう少し遅れたが)。アメリカの原子力発電所の炉心がメルトダゥンを起こしたら、地球を突き抜けて中国まで熔けて行くのではないか という話である。ところが 映画の発表から僅か12日後の3月28日に、ペンシルベニア州都・ハリスバーグ郊外 サスケハナ川の中州に建った 「スリーマイル島原子力発電所2号炉」で 本当の事故が起こってしまった。
冷却水が抜け 炉心が露出したのだ。更に運転員が判断を誤って 緊急炉心冷却装置を切ったため、炉心溶融 (メルトダゥン) が発生した。数万人の死が予測された最悪に事態は 免れたが、放射能ガスや冷却水が空中に噴出。のちの調査で、炉心の半分が溶融していたことが判明した。以降 周辺の住民に甲状腺異常や癌が頻発したり、野鳥や乳牛が大量に死ぬなど 異様な状態が発生した。
映画の迫真性は増してヒットし、主演のジェーン・フォンダはアカデミー賞主演女優賞 ジャック・レモンはカンヌ国際映画祭で主演男優賞に耀いた。もともと医学の言葉であるシンドローム (症候群) は 社会現象を表す言葉として多用されえるようになった。
中国といえば この年、将来の人口爆炸を予想危惧して 政府が 「ひとりっ子政策」 を実施したことは記憶しておくべきだ。この問題についてはヤクオ ギャラリーの 「中国漫遊 Ⅲ 」 に意見を書いたのでリンクを貼っておいた。
11月になってイランの学生たちが、エジプトへ亡命したパーレヴィ国王の引渡しを求めて テヘランのアメリカ大使館を占拠、大使らを人質にした。また ベトナム戦争が終結して4年のこの年、こんどはソ連が アフガニスタン紛争に介入した。アフガンでは政治が混乱し ソ連が支援していた社会主義政権が倒れて、イスラム勢力が新しい国家を作ろうと動いたのである。この国で産出していたウランを手放ししたくないソ連は、軍隊を送り込んだのだ。突如としたソ連軍の大量侵入に反対したアフガン国民に弾圧が加えられ、構図はベトナム戦争と同じになった。この頃ソ連はブレジネフ書記長が最高権力を握っていたが、技術開発と軍事力の拡充を追及してきたフルシチョフ時代の反動で 停滞していたソ連経済は この暴挙でいっそうに悪化 泥沼に足を突っ込んだ形になった。
この年 鉄建公団の組織ぐるみ不正発覚を皮切りに、国際電電の出鱈目な贈賄体質が明るみに出、更に大蔵省に対するモフ担の過剰接待や、環境庁・総理府・国鉄・自衛隊など 役人どものカラ出張・カラ超勤・カラ会議・ヤミ賞与・ヤミ休暇・公金流用など、その腐敗振りに 国民は あきれ返った。会計検査院の 53年度決算検査報告によれば 税金の無駄遣いは270億円にも達して 「役人天国」 という言葉が流行語になった。
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