昭和45年(1970)
・
【デキゴト】
01・01 中国の人民日報・紅旗・解放軍報が 一斉にソ連社会帝国主義批難
01・02 日本銀行 離脱していた国際決済銀行(BIS) に再加盟
01・05 創価学会による出版妨害 公明党が関与否定の声明
01・06 米軍 沖縄と横須賀基地の日本人労働者を 大量解雇
01・14 第3次佐藤内閣成立 通産・宮沢喜一 文部・坂田道太
01・14 米連邦最高裁 フロリダ・ジョージアなど 南部諸州に残る
「公立学校の人種隔離差別廃止」 の最終期限を 2/1と通知
01・20 東京・人形町の寄席 「末広亭」 100年の歴史に幕
01・22 国鉄 “みどりの窓口” 指定乗車券をコンピュータで予約発売
01・22 税制調査会 45年度税制改正案を答申
所得税減税額 史上最大規模 初年度2430億円
02・01 チクロに発がん性容疑 厚生省 粉末ジュース等発売禁止
02・03 政府 核拡散防止条約 調印を決定
02・11 東大宇宙航空研究所 国産初の人工衛星 打ち上げ成功
02・15 大阪環状線 森ノ宮駅停車中の車両で 手製爆弾が爆発
02・18 カンボジアでクーデター ロン・ノル将軍 実権を掌握
(5/3 シァヌーク国王 北京で亡命政権を樹立)
02・18 米ニクソン大統領 アジア介入抑制の政策ドクトリンを発表
02・20 閣議 総合農政の基本方針を了承 「減反政策」
(農業構造改革・兼業農家の協業化・コメの減産)
03・03 平凡出版社 女性向けファッション誌 “an an” を創刊
03・05 米・英・ソ 等5ヵ国 核拡散防止条約批准 1年半ぶりに発効
03・13 プロ野球八百長容疑 「黒い霧事件」 国会公聴会で追及
03・14 大阪・千里丘陵で 「日本万国博覧会」 開幕 ~9/13 閉会
テーマ 「人類の進歩と調和」 期間中入場者数 空前の6421万人
03・18 南極観測船 「ふじ」 南氷洋での凍結密閉から自力で脱出
03・20 国鉄 再建計画推進のため 生産性向上運動(マル生) を強化
03・20 厚生省 スモン使用全国実態調査結果 患者2669人と発表
03・28 日航 ヨーロッパ路線 シベリア経由パリ行き便 就航
03・31 日本赤軍派の9人 日航機 「よど号」 をハイジャック
韓国・金甫空港で山村政務次官が乗客の身代わり 機は北朝鮮へ…
03・31 巨大企業 「新日本製鉄」 発足 資本金2293億円・従業員8万人
04・08 大阪北区の地下鉄工事現場でガス爆発 死者79人
04・10 ポール・マッカートニー脱退 ザ・ビートルズ 10年の歴史に幕
04・13 革新系 蜷川虎三 京都府知事に 6選
04・16 日立製作所 大規模集積回路 (LSI) の開発に成功
04・17 アポロ13号 燃料電池故障 月面着陸断念・障害を克服し無事帰着
04・17 昭和45年度予算成立 一般会計 7兆9497億円 (17.9%増)
04・19 松村謙三・周恩来 「日中貿易協定(LT)」 に調印
席上 周首相 日本の軍国主義の復活を懸念
04・22 国税庁 44年度・高額所得者番付を発表 地主が上位独占
04・23 佐藤首相 日本の軍国主義化は誤解と 周発言に反論
04・24 中国 初の人工衛星打上げに成功 重さ173kg 世界で5番目
05・01 米軍・南ベトナム軍 カンボジアに越境侵攻 北爆も再開
05・06 冒険家三浦雄一郎 エベレスト標高8千米付近から3千米の滑降…
05・08 深海潜水調査船 “しんかい” 相模湾で初観測を開始
05・11 植村直己・松浦輝男 日本人としてエベレストの初登頂に成功
05・12 広島港で観光船がシージャック 乗客解放後 犯人を射殺
05・15 政府 農地法改正 公布 (農地移動制限の緩和)
05・25 プロ野球 黒い霧 (八百長) 事件で 西鉄3選手が永久追放
05・31 南米 ペルー北部で M7.5の大地震 死者7万人以上
06・01 日本航空のジャンボ (B‐747) 1番機 羽田空港に到着
06・06 ベ平連 乗降客2000人余りと 新宿駅に座わり込み
06・15 森永ひ素ミルク中毒事件 (昭和30年8月) の会社側弁護団
中毒の原因を 初めて粉ミルク混入の砒素と認める
06.18 英総選挙 保守党 6年ぶりに勝利 6/20 ヒース内閣成立
06・19 下関と韓国・プサン間を結ぶ 「関釜フェリー」 が就航
06・23 日米安保条約自動延長反対 統一行動 全国で77万人
06・24 ワシントンで 宮沢通産相の日米繊維交渉 事実上決裂に終わる
06・25 公明党大会 創価学会との政教分離 新綱領を採択
06・29 米・南ベトナム軍 カンボジアからの撤退を完了
07・01 本州・四国間 連絡橋公団が発足 (神戸 淡路間を結ぶ)
07・04 日航 ハイジャック防止金属探知機を全国際空港・出発口に設置
07・07 日本共産党大会 宮本顕治委員長 不破哲三書記長を選出
07・17 東京地裁 第2次家永訴訟 教科書の不合格検定処分取消判決
7/24 文部省控訴 …この後原告死亡まで 裁判は延々と続く
07・18 東京杉並の高校グランドで 女子生徒40人余が次々と倒れる
東京都公害研究所 この原因を 「光化学スモッグ」 と推測
07・27 東京都 光化学スモッグ注意報・警報の発令開始
07・31 国鉄 東京・山手線で 冷房電車を運転
07・- 静岡県・田子の浦港 製紙会社からのヘドロ流入で港湾機能マヒ
07・31 政府 佐藤首相を本部長とする 「公害対策本部」 を設置
08・02 東京銀座 新宿 などで 初の “歩行者天国” を実施
08・11 富士市 市民協等18団体 製紙会社と知事を 「ヘドロ公害」 告発
08・12 西ドイツとソ連 武力不行使条約 に調印
08・14 人事院 国家公務員給与 過去最大12.67%アップ勧告 8/25実施
08・26 愛知県水産試験場 三河湾の汚染を 「死の海」 と表現
08・30 植村直己 北米大陸最高峰マッキンリーに単独登頂成功と連絡…
09・01 京大教授 数学者 広中平祐 フィールズ賞を受賞
09・02 滋賀県彦根市の民家に 自衛隊機が墜落 乗員4人死亡
09・07 厚生省 整腸剤 「キノホルム(スモン病の原因)」 の販売を禁止
09・17 ソニー 日本企業初 ニューヨーク証券取引所に株式を上場
09・20 ソ連 無人探査機 「ルナ16号」 月面 「豊かの海」 で岩石採取
09・22 米上院 大気汚染防止法 (マスキー法案) を可決
09・28 エジプト・ナセル大統領死去 10/17 サダト副大統領昇格
09・- 米国市場で 日本製テレビ ダンピング容疑 貿易摩擦発生
09・- 政府 第3次資本自由化323業種 自由化比率80%に…
09・30 伊・映画 ヴィットリオ・デ・シーカ監督 「ひまわり」 封切
10・01 国勢調査 日本の総人口 1億0455万5171人 (含む沖縄)
10・07 ニクソン大統領 ベトナム和平でインドシナ全域停戦等 提示
10・10 首都圏最後のSL D-51型蒸気機関車が さよなら運転
10・13 カナダ 中国との国交樹立 中国承認国は56ヶ国に…
10・14 国鉄 乗客減少対策 “ディスカバー・ジャパン” キャンペーン
10・20 農林省 牛乳汚染防止の為 農作でBHC・DDT等リン系薬剤 使用禁止
10・21 佐藤首相 日本の総理大臣として 「国連総会」 初演説
10・24 佐藤首相 米ニクソン大統領と会談
日本のインドネシア援助拡大 日米繊維再交渉等を約束
10・29 自民党総裁に 佐藤首相が4選 党役員人事はそのまま
10・29 文化財保護審議会 飛鳥・藤原地区史蹟保存に 特別立法
10・- 鹿児島本線 電化完了 青森~鹿児島間 全線電化
11・03 米中間選挙 両院・知事の政界地図 民主党が優勢
11・12 東パキスタン (現バングラディシュ) に大型サイクロン襲来
高波がガンディス河デルタ地帯を襲い 死者推定20~50万人
11・15 返還前に 沖縄で国政衆・参議員選挙 保守3 革新5議席
11・19 経団連など経営3団体 公害防止法反対を表明
11・24 公害対策法案を集中審議する 第64臨時国会(別称 公害国会) を召集
11・25 作家 三島由紀夫 市谷の自衛隊で決起を呼びかけ 割腹自殺
11・30 全国的に寒波襲来 大雪で新幹線ほか交通網 大混乱
11・- ケンタッキー・フライドチキン 第1号店 名古屋で開店
12・02 社会党大会 成田知己委員長 石橋政嗣書記長を選出
12・09 超党派の 「日中国交回復促進議員連盟」 が発足
12・12 運輸省 全旅客機にボイスレコーダー搭載を義務化
12・12 北海道 三井砂川炭鉱でガス爆発 19人が死亡
12・14 ポーランド首都グダニスクで 食糧値上げに抗議の暴動発生
12/20 ゴムルカ第1書記長辞任 後任にギエレク
12・18 公害対策中心の臨時国会で 「公害関係」 14法案成立
公害対策基本法等に企業無過失責任 権限を地方に大幅委譲
12・20 沖縄・コザ市で 米兵の交通事故処理を巡り 反米騒乱
● いざなぎ景気(昭和41年~) 終焉 ● カドミューム農薬汚染等公害が噴出
● 自動販売機設置 100万台突破 ● 歩行者天国 全国的に流行
【物 価】
タクシー 初乗り基本料金 130円 ビール (740ml びん 1本) 140円
清酒 (1800ml) 特級 1080円 1級 860円 2級 590円
キャベツ (1玉) 65円 レタス (1玉) 50円 うな重 550円
大学卒業 初任給 男子 = 3万6700円 女子 = 3万0700円
【流行語】
ウーマンリブ しらける ワルのり 鼻血ブー 人類の進歩と調和
三無主義 (無気力・無関心・無責任) 生活かかってる ちり紙 交換
光化学スモッグ ビューティフル 男は黙って… 活字離れ
【新製品】
象 印 魔 法 び ん 電子・保温ジャー RH型 象印 1万円
国 民 乗 用 車 セ リ カ トヨタ自動車 57万円
ラミネートチューブ 歯磨・ホワイト&ホワイト 男性化粧品 マンダム
【ベストセラー】
冠 婚 葬 祭 入 門 塩月弥栄子 光文社 カッパブックス
誰のために愛するか 曽 野 綾 子 青春出版社
創価学会を斬る 藤 原 弘 達 日 新 報 道
心 高 田 好 胤 徳 間 書 房
ス パ ル タ 教 育 石原慎太郎 光文社 カッパブックス
日本万博 公式ガイドマップ 万 博 協 会 講 談 社 編
【流行歌】
男はつらいよ 作詞・星野哲郎 作曲・山本直純 歌手・渥美 清
希 望 作詞・藤田敏雄 作曲・いずみたく 歌手・岸 洋子
誰もいない海 作詞・山口洋子 作曲・内藤法美 歌手・トワ・エ・モァ
知 床 旅 情 作詞 作曲・森繁久弥 歌手・森繁久弥
傷だらけの人生 作詞・藤田まさと 作曲・吉田 正 歌手・鶴田浩二
【野 球】
プ ロ 野 球 : 優 勝 セ・リーグ 巨 人 パ・リーグ ロッテ
日本シリーズ = 巨 人 4勝 1敗
第42回 選抜高等学校野球大会 和歌山・ 箕島 5-4 北洋 ・大阪
第52回 全国高等学校野球選手権 神奈川・ 東海大相模 10-6 PL学園 ・大阪
【邦 画】
家 族 山田洋次監督 倍賞千恵子 井川比佐志 笠 智衆
戦争と人間 第1部 山本薩夫監督 高橋英樹 浅丘ルリ子 ら
どですかでん 黒澤 明 監督 頭師佳孝 伴淳三郎 ら
地 の 群 れ 熊井 啓 監督 鈴木瑞穂 寺田 誠 ら
影 の 車 実相寺昭雄監督 田村 亮 司美智子 ら
男はつらいよ 山田洋次監督 渥美 清 倍賞千恵子 ら
橋のない川 今井 正 監督 丸山持久 北林谷栄 ら
裸の十九才 新藤兼人監督 原田大二郎 乙羽信子 ら
【洋 画】
ひ ま わ り ヴィットリオ・デ・シーカ監督 ソフィア・ローレン マルチェロ・マストロヤンニ
明日に向かって撃て! ジョージ・ロイ・ヒル監督 ポール・ニューマン ロバート・レッドフォード
イージー・ライダー デニス・ホッパー監督 ピーター・フォンダ ジャック・ニコルソン
地獄に堕ちた勇者ども ルキノ・ヴィスコンティ監督 ダーク・ボガート イングリッドチューリン
冬 の ラ イ オ ン アンソニー・ハーヴェイ監督 キャサリーン・ヘプバーン P・オトゥール
シ シ リ ア ン アンリ・ヴェルニュィユ監督 ジャン・ギャバン アラン・ドロン
大 空 港 ジョージ・シートン監督 バート・ランカスター ヘレン・ヘイズ
ひとりぼっちの青春 シドニー・ポラック監督 ジェーン・フォンダ マイケル・サラザン
【この年】
昭和45年3月15日 大阪府吹田市・千里丘陵の 広大な竹林を拓いて造成した会場 (甲子園球場の83倍に相当) で、“人類の進歩と調和” をテーマとする アジアで初のExpo’70 「日本万国博覧会」 が開幕した。国連をはじめ4国際機関 日本を含む 世界77ヶ国が参加、中央のシンボル・ゾーンにそそり立つ 岡本太郎がデザインした “太陽の塔” を囲んで、民間企業の斬新なパビリオンが競い、未来志向の先端技術や趣向を凝らした展示物が 見るものを圧倒・感嘆せしめた。アメリカ館の アポロ11号が持ち帰ったという “月の石” や ソ連館の “宇宙開発”、360゜全天周スクリーンなどダイナミックな演出が話題を呼び、9月13日までの183日間会期中の入場者は、当時 日本の総人口の半分を超える6422万人 博覧会史上 空前絶後といわれたが、もし この記録が破られることがあるとしたら、2010年に予定される 「上海万博」 に於いてだろう。
この千里万博に初めて登場し その後実用化された技術には、「動く歩道」 「ワイヤレスフォン(携帯電話)」 「3D巨大スクリーン(アイマックス)」 「エァドーム」 「ローカルエリア・ネット(LAN)」 「ファーストフード・チェーン」 などがあり、未だ実現していないものには、「リニァ・モーターカー」 「テレビ電話」 「本格的電気自動車」 等が挙げられる。
東京オリンピックの際は、「首都圏整備法」 で 東京駅を中心とした 半径100キロ圏の都市計画が大きく前進したが、千里万博は 大規模都市構想 で 「住宅市街地開発計画」 に 相乗効果を上げた。5年という準備期間と 6500億円という巨資を投じ そのうち9割までが (地下鉄を含む) 道路交通網建設に当てられて、近畿圏の開発整備計画を10年繰り上げ 達成したといわれる。
東海道新幹線はピーク時 一日38万人の乗客を運び、前年開通した高速道路は 観光バスとマイカーの大動脈となったのである。
万博協会の会長には 財界人・石坂泰三が就任、事務総長に鈴木俊一 (後の東京都知事)、総合設計に当ったのは 建設界の泰斗・丹下健三という そうそうたる表の顔が並んだが、影のイベント・プランナーとして、万博を成功に導いたのは 少壮の通産官僚 池口小太郎であった。多趣味・博学な彼は、古代ギリシャ・ローマの歴史に造詣深く、紀元前の為政者が ゼウスの神殿に奉納する祭祀として、自らの権力を誇示し 或いは 民衆の不満をそらす為の見世物 (サーカス) 会場として闘技場を造り、馬車競争、格闘、競争、4年ごとにオリュンピックを主催したとする故事に倣って、万博の誘致を構想・献策したと聞き及ぶ。
池口小太郎は その後退官し、作家 堺屋太一としてデビュー 「油断」 「峠の群像」 ほか 数々の話題作を発表している。“団塊の世代” という言葉も 彼が創出して一世を風靡した。
近く 2008年に 北京でオリンピックを、また 2010年には上海で万博を開催しようとしている中国のように、由来 国勢が上向いて、社会にエネルギーが鬱勃・凝縮されるようになると、オリンピックは ナショナリズムを昂進して 国際的な威信を発揚するために、更に 万博は 自国民に国の潜在能力を自覚せしめ、自信と誇りを涵養するべく、現代の為政者も亦 しばしば用いる手段である。その意味でも 「千里万博」 を開いた頃が、わが国経済、ひいては佐藤内閣にとっては 絶頂期にあったのではなかったか。
事実 万博というサーカスが奏功したのか、10年ひと昔 ´60年に あれだけ荒れ狂った “日米安保条約反対騒動” も忘れ去られ、繁栄の象徴であった千里万博の賑わいに隠れて、´70年代の節目 安保条約が 「自動延長」 されていくのを、殊更に意識する者は少なかった。
入場した群集で沸き立つ千里万博の盛況を チラリ背景とした映画、山田洋次監督の 「家 族 (井川比佐志・倍賞千恵子・笠智衆)」 が発表され、この年の “キネマ旬報” 邦画部門 第1位にランクされた。私が これまでに 最も感銘を受けた作品のひとつである。
九州・長崎の炭鉱の島を出て、北海道の開拓村へ向かう 5人の家族の 旅程が描かれた。列車に乗って 広島県福山の実弟宅に一泊し、ひたすら東へ旅を続ける。東京・上野駅付近の安宿で 幼い女の子が発病 死亡するが、どうしてやることもできず 区の火葬場で荼毘に付した。傷心の 残る家族は、やっとの思いで北海道にたどり着き 郷党の先輩が用意してくれた房屋に旅装を解いた夜、同行してきた老父は 疲れ果てて生涯を閉じる。 悲しい物語であるが、山田監督は愁嘆場を演出しない。ドラマ性を排し ドキュメンタリー・タッチで 淡々と進行するロード・ムービーに仕上がっていた。乾いたカメラワークも秀逸だった。
その5人の家族は、大阪で乗り継ぎ待ちをする ホンの僅かな時間を割いて “千里万博” を覗くのだ。正面ゲイト付近の人ごみの中を 列車の時間を気にしながら、万博の雰囲気を 子供たちに味わわせようとする夫婦の親心。手持ちカメラで 混雑した会場風景を盗み撮る山田監督は、力みかえることなく 「みんな浮かれ騒いでいるけれど、日本にはまだ こんな貧しい家族もいるのだヨ」 と さりげなく訴えかけていた。
映画 「家 族」 の封切から10年ほど後、昭和56年4月に初来日した マザー・テレサは、「…豊かそうに見える この日本で、心の飢えはないでしょうか。だれからも必要とされず、だれからも愛されていないという心の貧しさ。物質的な貧しさに比べ、心の貧しさは深刻です。心の貧しさこそ、一切れのパンの飢えよりも、もっともっと 貧しいことだと思います。日本のみなさん、豊かさの中で、貧しさを忘れないでください」(←ブログ “エムズの片割れ”mei-chan ´08・01・25より)と 遺して去った言葉に通ずるものがあった。
万博からの連想に スペースをとってしまったが、45年には 忘れられないデキゴトが、次々と起こった。
3月31日 日本航空の羽田発・福岡行きB‐727型機 “よど号” (乗員7人・乗客121人) が、いわゆる赤軍派学生らに乗っ取られた。日本の旅客機がハイジャックされたのは 初めてのことであった。給油の名目で いったん福岡に着陸した際、犯人たちは、老人や女性・子供の 拘束を解いたが、残る99人の乗客を人質に取ったまま 北朝鮮・平壌(ピョンヤン) 行きを求めた。日航機は 管制塔との交信で韓国・金浦空港に降りたが 犯人らは譲らず、已む無く 東京から飛んだ山村新治郎 運輸政務次官が、乗客の身代わりになって 犯人共々 北朝鮮に向かった。山村次官と乗員は、その後返還された “よど号” で帰国したが、田宮高麿ら赤軍派犯人は亡命を果たし、のち 北朝鮮が行なった日本人拉致事件にも関わることになる。
10月1日に実施された国勢調査では、施政権が返還される沖縄を含めて 日本の総人口が 1億0455万5171人とカウントされ、初めて1億の大台に乗った。
11月25日 作家三島由紀夫が、「楯の会」メンバーと 市ヶ谷の自衛隊で東部方面総監を人質に取り、バルコニーから 自衛隊員に反乱・決起を促したが果たせず、割腹自殺を遂げるという事件があり 国民を驚かせた。だが 是非をコメントするほどのことでもない。
5月8日 冒険家三浦雄一郎が、エベレスト標高8千メートルの高みから スキーで一気に3千メートルまで滑降するという離れ業を演じ、3日後の11日には 植村直己と松浦輝男が、そのエベレスト(8848m) に 日本人として初登頂に成功している。植村は 兵庫県日高町出身の登山家、それまでに アフリカ大陸の最高峰キリマンジャロ(5896m)や 南米大陸アコンカグア(6972m)の単独登頂に成功するなど、数々の冒険歴を持っていたが、8月30日 北米大陸最高峰マッキンリー(6190m)に挑んで単独登頂に成功し、下山の途中で遭難したか、帰らぬ人となった。享年44歳。
前回登載 “経済成長と公害問題 2” でも触れたが この年12月18日、第64国会で 佐藤内閣が提出した 「公害対策基本法改訂案」 をはじめ、関連14法案全てが可決・成立をみた。この国会を指して いわゆる 「公害国会」 という。内容が未だ中途半端 とする向きもあるが、これだけ思い切った対策を講じることができたのは、やはり 沖縄返還、万博の成功、安保改訂の自動延長、などの実績を積み上げてきた佐藤首相のリーダーシップが、然らしめたものといえる。
彼は45年度の “施政方針演説” で、「急速な 産業や技術の発展に 社会的環境の整備が充分に対応できないために、…種々の公害が生じ、社会的緊張の高まりが見られる」 と述べ、11月 “所信表明” では、「今後の政策基調を 『福祉なくして成長なし』 という理念に求めたいと考えている。もとより、経済の成長が 福祉を達成するための手段であることは 申すまでもないが、わが国のように経済のスピードが速く、かつ その規模が 急速に拡大した社会においては、積極的に生活環境の改善を図ることが 必要である」 とし、公害について 『国民の最大の関心事』 と 位置づけた。
その言や善し。後年、ロンに擦り寄って 日本列島を “不沈空母” になぞらえた “バーコード総理” や、「構造改革なくして 成長なし」 と ほざいて、日本の社会をズタズタに引き裂き 壊してしまった “骨相の悪い” 首相なんかに比べれば、佐藤栄作のほうが、よっぽどマトモだったと思う。
参考Web マザー・テレサ語録 Part 1
【 P R 】
いつも “Yの昭和史” をご愛読くださいまして、真に有難うございます。
古い記憶を辿りながらの記述で、誤った部分や 言葉足らずの箇所があるかと存じますが、お赦したまわって、今後も よろしく お付き合いのほど、お願い申し上げます。
ところで 私は、この昭和史のほかに、写真画像を ふんだんに採録した紀行文 “ひとり旅も また愉し” や、スライド・シアターのシナリオをブログ・アップした 「ヤクオ ギャラリー」 を開設しています。“ひとり旅も…” は、リタイアしてから数年かけて カメラを肩に海外を巡り、折々書き綴った雑文と スナップなど 25~6編で、たとえば 「砦に谺するゴッド・セイブ・ザ・クイーン」 「マッターホルン静かなり」 「南太平洋 フィジーの自然」 「人間讃歌 ヴィーゲランの “生命の樹”」 「中国漫遊」 「魔法の王国をゆく」 「AARP (全米退職者協会)を訪ねて」 といったタイトルなどですが、長い文章は 2つ 3つに分けて登載し 最近 リニューアルいたしました。
スライド・シアターは、「清流・四万十川 前・後編」 や いまは 5連載にする予定の 「カナダ大西洋岸とメイプル街道」 の 第1回目をアップしたところです。写真は それぞれ風景写真が主ですが、お退屈しのぎに ご覧いただけるると有難く存じます。
画像が多いせいか、ブログが開くのに 若干 間 がありますので ご了承願います。
平成 20年 2月 7日 ズ カ マ ヤ ク オ
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