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昭和41年(1966)

【デキゴト】
01・02 サンデー毎日に 「意地悪ばぁさん(長谷川町子)」 連載 開始
01・06 横浜国立大 学芸学部を 「教育学部」 と名称変更 紛争に…
01・03 キューバのハバナで アジア・アフリカ・ラテンアメリカ 3大陸 人民連帯会議
01・11 青森県 三沢市で大火 強風下で延焼 450戸が焼失
01・15 椎名悦三郎外相 現職として戦後初の 訪ソ
01・17 米戦略爆撃機B29 スペイン沖に墜落 水爆1個が行方不明に…
01・18 早稲田大学 授業料値上げ反対で 全学 無期限ストに突入
           校舎をバリケード封鎖 大学本部を占拠 警官隊と乱闘

01・19 昭和40年度 財政処理特別措置法 公布・施行
01・21 モスクワで 椎名外相 日ソ航空協定・日ソ貿易協定に 調印
01・24 インドで インディラ・ガンジー内閣 成立 (故ネルー首相の息女)
01・29 政府 戦後初の赤字国債 2590億円 発行
02・02 中国共産党 江青 文芸界の “反党・反社会主義路線” を批判
02・03 ソ連無人探査機 “ルナ9号” 月面軟着陸に成功
02・04 全日空 B727 羽田空港着陸寸前 海中に墜落 133人全員死亡
02・06 カストロ首相 中国共産党の反ソ活動・米穀の輸出制限 等を非難
02・07 新空港予定地の農民と支援団体が 千葉県庁に反対陳情 警官隊と衝突
02・27 「物価値上げ反対・生活危機突破国民大会」 所謂 物価メーデー挙行
03・04 カナダ旅客機 羽田空港防波堤に激突炎上 64人死亡
03・05 英 BOAC機 富士山上空で空中分解・墜落 124人死亡
03・07 仏政府 西ドイツ連邦駐留NATO軍から フランス軍脱退と発表
03・10 佐藤首相 参議院予算委で 沖縄防衛に日本も参加と答弁
           3/16  憲法・条約上 自衛隊の沖縄出動は出来ぬと訂正
03・11 インドネシア・スカルノ大統領 政権をスハルト陸相に委譲
03・14 気象庁研究所 米気象衛星 “エッサ2号” からの画像を受信
03・31 日本電電公社 カラーテレビ用マイクロ回線を全国にネット
03・31 日本の総人口 1億人を突破 (法務省住民登録集計)
04・01 NHK 朝の連続テレビ小説 「おはなはん」 の放映開始
04・01 都営住宅の申し込みに 2万人が殺到 警官が出動 整理
04・01 南ベトナム各地で 「反政府デモ」 続発・激化
04・08 法務省 在日韓国人3家族20人に 初の永住許可
04・09 浩宮 四谷の学習院初等科に 徒歩で初登校
04・19 米ボストン・マラソンで 君原健二優勝 4位まで日本人が独占
04・20 日産自動車 プリンス自動車工業を合併 調印 (業界再編)
04・22 佐渡で死んだトキ2羽から 農薬中の水銀を検出
04・26 私鉄と国鉄が共闘スト 1300万人に影響 (戦後最大の交通スト)
05・21 国立京都国際開館 開館式 (6ヶ国語の同時通訳設備を設置)
05・28 国連 世界人口が 32億人に到達 と発表
05・29 中国の北京・精華大学付属中学に 初の “紅衛兵” が組織化
05・29 サイゴンの仏教徒3万人が反政府デモ 軍隊と衝突
05・30 米原子力潜水艦 「スターク」 横須賀港に初入港・常駐
05・30 米月探査船 “サーベーヤ1号” 月面に軟着陸 1万枚の写真撮影
06・14 アメリカ映画 「市民ケーン」 オーソン・ウェルズ監督主演 封切
06・17 第33回 ヴェネツィア・ビェンナーレ国際美術展で
      マルチ・アーティスト池田満寿夫が 版画部門で最高賞を受賞
06・28 台風4号 関東・東北に上陸 漁船遭難を含め 死者61人
06・29 ザ・ビートルズ来日 日本武道館で公演 若者たち熱狂
06・29 米軍機 北ベトナムのハノイ・ハイフォン郊外を爆撃
06・30 政府 国民祝日法改正公布 敬老の日・体育の日 を新設
07・01 フランス NATO軍から正式脱退
07・04 閣議 新東京国際空港建設地を成田市三里塚に決定
                 千葉県をはじめ 地元の猛反対運動始まる
07・05 インドネシア スハルト陸相 大統領代理に就任
07・09 中国共産党 党中央に 「文化革命小組」 を設置
07・10 成田に 「三里塚・芝連合空港反対同盟」 が結成される
07・11 広島市議会 「原爆ドーム」 の永久保存を決議 8/08 完江予定
07・29 映画007 ジェームズ・ボンド役の ショーン・コネリーが来日
08・01 佐藤内閣 第2次改造 運輸 荒船清十郎 防衛 上林山栄吉
08・05 東京地検 田中彰二自民党議員を 恐喝詐欺容疑で逮捕
08・06 ニチボー貝塚 ヤシカに敗退 “東洋の魔女” 連勝258でストップ
08・08 中国共産党 「社会主義革命の新段階」 など16項目を決定
           所謂 “文化大革命” が始まり 紅衛兵の活動活発化

08・18 天安門広場で 「文化大革命勝利祝賀」 紅衛兵100万人集会
08・19 駐日ライシャワー米大使 5年間の任務を終えて離日
08・31 ソ連共産党中央委員会 中国の文化大革命を批判
09・02 上林山防衛庁長官 庁幹部を伴い自衛隊機で 鹿児島お国入り
09・03 荒船運輸相 自選挙区 「深谷駅」 に急行停車の圧力 辞任
09・05 IHI 横浜ドックで 世界最大の石油タンカー “出光丸” 進水
09・16 戦前からの在韓日本人妻里帰り 小倉港に上陸
09・17 2月11日の “紀元節” 復活反対国民集会 開催
09・18 フランス哲学者サルトルと 作家ボーボワールが来日
09・27 参院で社会党 共和製糖への農林中金不正融資問題を追及
09・28 インドネシア・スハルト政権 正式に国連に復帰
09・29 国防会議 第3次防衛力整備計画大綱を決定
10・08 岩手県松尾村に 日本初の地熱発電所が完成 運転開始
10・15 トヨタ自動車と日野自動車が 業務提携を発表
10・19 松村頼三農相 娘夫婦とラスベガス等を官費旅行 発覚
10・20 米大リーグ・ドジャースが 10年ぶり2度目の来日
10・20 佐藤首相 衆議院予算委で 綱紀粛正 の所信表明
10・22 中国共産党中央委で 劉小奇・鄧小平が自己批判
10・29 戦時中に徴発された ダイヤ等貴金属が半値以下で売り出し…
10・31 国産初の大型ロケット “ミューⅠ型” 打ち上げ
11・01 東京都千代田区に 「国立劇場」 が開場
11・12 日本航空 ニューヨーク行 第1便出発
11・13 全日空YS‐11 松山空港で墜落 50人全員死亡
11・27 ソ連共産党機関紙 毛沢東を反レーニン主義と批判
12・01 巨人 王貞治選手 小八重恭子さんと明治神宮で挙式
12・01 自民党総裁選で 佐藤首相3選されるも 批判票 1/3 超え
12・01 西ドイツにキージンガー連立内閣 成立
12・02 手形割引業者 東京大証社長仲人問題で 山口衆院議長辞任
12・03 佐藤内閣 第3次改造 法相 田中伊三次 外相 三木武夫
12・03 社会・共産両党欠席のまま 第53臨時国会 開会
12・09 政府 2月11日を 「建国記念日」 と決定 政令公布
12・14 公取委 家電大手6社に テレビの価格協定破棄を勧告
12・16 いすず自動車と富士自動車 合併
12・20 東京地裁 住友セメントの女子社員結婚退職勧奨は違憲と判決
12・21 外米の 自由販売始まる
12・26 国際競争力強化のため 帝人・日レ・鐘紡 3社業務提携に調印
12・27 閣僚・自民議員に不正相次ぎ  首相 衆議院を “黒い霧解散”

 “丙午(ひのえうま)” に当ったこの年 新生児数が前年の75%に減少
 四輪者の対米輸出台数 前年比 131.7%に伸長
 「国民生活白書」 で 国民の半数が “自分を中流” と意識
 冷凍輸送の “コールド・チェーン” が 全国的に普及
    スーパー等で 生鮮食料品の鮮度を保ちつつ 廉価販売が可能に…


【物 価】

封書切手 15円   はがき 7円    国鉄初乗り運賃 20円
パートタイマー 時給 @ 70円 ・  日給 560円
国立大学授業料年額 (文系) ……………… 1万2000円
公営住宅 (2DK)1ヶ月当り賃借料 平均 ……… 7600円

【流行語】
黒い霧   いざなぎ景気  ビートルズ旋風  全共闘  いいじゃな~い
しあわせだな  しびれる  ひとつぐらい いいじゃないか
クリープを入れない コーヒーなんて  びっくりしたな もう  ゴマすり
クロヨン  トーゴーサン  こまっちゃうナ  

【新製品】
トヨタカ・ローラ 1100       トヨタ自動車
ニッサン・サニー 1000       日産自動車
家庭用 電子レンジ        早川電気 (現 シャープ)

【ベストセラー】
山 本 五 十 六          阿 川 弘 之         新 潮 文 庫
三 国 志 吉川英治全集      吉 川 英 治          講 談 社
戦 争 と 平 和          A・トルストイ         河 出 書 房
私をささえた一言        扇 谷 正 造         青春出版社
対話・人間の建設      岡 潔 /小林秀夫        青春出版社

【流行歌】
星 影 の ワ ル ツ    作詞・白鳥園枝   作曲・遠藤 実   歌手・千 昌夫
悲 し い 酒       作詞・石本美由起  作曲・古賀政男   歌手・美空ひばり
い い 湯 だ な       作詞・永 六輔   作曲・いずみたく  歌・デューク・エイセス
バ ラ が 咲 い た       作詞 作曲・濱口庫之助        歌手・マイク真木
いっぽんどっこの唄   作詞・星野哲郎   作曲・安藤実親  歌手・水前寺清子

【野 球】
プロ野球 優勝      セ・リーグ = 巨人    パ・リーグ = 南海
               日本シリーズ   巨人   4勝 2敗
第38回 選抜高等学校野球大会    愛知・ 中京商 1-0 土佐 ・高知
第48回 全国高等学校野球選手権   愛知・ 
中京商 3-1 松山商 ・愛媛

【邦 画】
白 い 巨 塔    山本薩夫監督  田宮二郎 小川真由美 東野英治郎
紀  ノ  川       中村 登 監督  司 葉子  田村高廣  ら
湖  の  琴      田坂具隆監督  佐久間良子  中村賀津雄  ら
他 人 の 顔    勅使河原宏監督  仲代達矢  京マチ子  ら
アンデスの花嫁    羽仁 進 監督  左 幸子  アンセルモ福田 ら
本    能       新藤兼人監督  観世栄夫  乙羽信子 ら
こころの山脈     吉村公三郎監督  宇野重吉  山岡久乃 ら
白昼の通り魔     大島 渚 監督  川口小枝  佐藤 慶 ら
女の中にいる他人  成瀬巳喜男監督  小林桂樹  新珠三千代 ら

【洋 画】
ドクトル・ジバゴ    デヴィッド・リーン監督  オマー・シャリフ リュリー・クリスティ  ら
市 民 ケ ー ン     オーソン・ウェルズ監督  オーソン・ウェルズ ジョセフ・コットン ら
男  と  女     クロード・ルルーシュ監督 アヌーク・エーメ ジャンルイ・トランティニャン
お し ゃ れ 泥 棒   ウィリアム・ワイラー監督 オードリィ・ヘプバーン ピーター・オトゥール
戦 争 と 平 和     セルゲイ・ボンダルチュク監督  リュドミラ・サヴェリーエフ ら
パリは燃えているか  ルネ・クレマン監督  カーク・ダグラス アラン・ドロン  ら
小 間 使 の 日 記   ルイス・ブニュエル監督  ジャンヌ・モロー ミシェル・ピッコリ ら
大 地 の う た (印)  サタジット・レイ監督  カヌ・バナールジ  コルナ・バナールジ

【この年】
 この年は 何故か航空機事故が頻発した。まず2月4日午後7時羽田着 全日空のボーイング727型機が、羽田沖で 着陸態勢に入って失速 海中に墜落した。札幌・雪祭り帰りの観光客と乗務員135人が、全員死亡している。これは日本の航空史上 最大の惨事であった。次いで 3月4日午後8時過ぎ、香港発 東京・バンクーバー経由、アルゼンチンのブエノスアイレス行 カナダ太平洋航空402便(DC‐8) が、乗客62人 乗務員10人を乗せて 羽田空港C滑走路への着陸に失敗 南端防波堤に激突・炎上した。死者64人 負傷者は8人だった。

 事故は続くもので、カナディアン・パシフィック機事故の翌3月5日午後、東京・羽田空港発 ロンドン行 BOAC航空B‐707型機が、好天に恵まれて 富士山が俯瞰できる上空コースを飛び、頂上付近で乱気流に捲き込まれてキリもみ状態になり、南麓に墜落 乗客乗員124人が死亡した。また 11月13日には 午後8時半頃、全日空・大阪発 松山空港行のYS‐11型機が、滑走路の接地地点を誤って 再着陸しようと左旋回で上昇中 失速して松山港沖に突っ込み、乗客45人 乗員5人が死亡した。この日は大安吉日で 新婚カップル12組が搭乗していたのだが、24人全員が まだ婚姻届を出しておらず、戸籍上独身であったために その後の賠償問題で紛糾した。


 若狭から 鯖街道を通って “塩鯖” が 京へ上るとか、“昆布” や “棒鱈” が 松前船によって西国に運ばれたように、昔の食膳にのぼる動物性たんぱく質は、すべて 塩蔵か乾物であった。国によっては酵素を使ったり 燻製にして 食物を長期保存する方法が伝わり、19世紀には缶詰が出現した。イリア・カザン監督の映画 「エデンの東」 で レタスを氷蔵輸送しようとする場面もあった。

 20世紀中葉になって 遠洋での漁獲をマイナス30゜C~40゜Cに急速冷凍して母港に持ち帰る技術が開発された。同時期に 家庭用の冷凍冷蔵庫が登場している。

 大型漁船の操業で漁獲された 大量のマグロやカツオは直ちに低温冷却し、長いときには数ヶ月も掛けて航海したのち 港で水揚げされ、冷凍状態のまま長距離冷凍トラックに積み替えられ、消費地の卸売市場で競りにかかる。ここで 再び冷凍倉庫に一定期間保管されるか、或いは調理して小パックに分けられ スーパーマーケットなどの店頭に並び、最後には一般家庭の冷凍冷蔵庫に収まってから、刺身や鮮魚料理として 食卓で賞味されることになる。

 魚類に限らず、畜産物 (解体肉) 乳製品も 概ね同じようなルートを経るが、野菜果実は 極端な低温には馴染まないので、流通範囲と温度帯は 比較して狭まる。

 流通のプロセスの初段階で、急速冷凍した魚類・畜産物は、途中 積み替えや輸送、市場競売、小売店ショーケースなど、幾つもの時間・温度帯を潜るものの、ほぼ一貫して “冷たい鎖” を形成する。つまり コールド・チェーンは、小売段階のチェーン・ストアとは意味が異なり、収穫・生産段階から 最終消費に至るロジスティクスを T.T.T.(Time Temperature & Tolerance) の理論に則ってコントロールされた システムなのである。わが国では 昭和40年代に入って コールドチェーンの恩恵を受けるようになり、食生活は豊かになった。


 前年の大野伴睦に続き この年 自民党の二人の実力者が世を去った。一人は吉田学校同期のさくら 池田隼人前首相、もう一人は その後継を争った河野一郎である。佐藤にとっては、対抗馬となる大物がいなくなって 党内は思うが侭、沖縄施政権返還交渉を始めるための布石を打つべく 8月 内閣改造を行なった。

 一般に “人事の佐藤” と言われるが、ホントにそうだろうか。競争する相手のいない 抜きん出た存在となって、自在に駒を動かせたかも知れないが、肝腎の “人を見る眼力” を持っていたか どうかは、甚だ疑わしい。それが証拠に 改造後 閣内外で次々とスキャンダルが噴き出す。

 時系列的に列挙すると、まず 田中彰二代議士が 悪辣な金銭取引にまつわる恐喝詐欺事件で 逮捕された。次いで 初入閣で防衛庁長官に就任した 上林山栄吉が、9月2日 地元鹿児島へのお国入りに際し、統幕議長、陸・海・空の3幕僚長を引き連れ 自衛隊のYS‐11型機で帰郷、音楽隊を連ねて市中をパレードするという出鱈目をやった。

 埼玉県深谷市を選挙区とする荒船清十郎は、運輸大臣という職権を笠にきて 「地元の皆さんのために やれることは みんなやっちゃいます」 と 国鉄高崎線・深谷駅に、急行列車2本を停車させることにした。轟々とした批難に 佐藤首相は運輸大臣を更迭して事態の収拾を図ったが、荒船は 念願の入閣後 僅か2ヶ月でズッ転けてしまった。意地汚いのは松野頼三農林大臣、コトもあろうに 娘夫婦の新婚旅行にノコノコと付いて回り、ラスベガスほか観光地巡りの費用を官費請求した。(40年後 佐藤の甥っこのどら息子(又甥)に当る 安倍晋三の内閣 複数閣僚が、自殺を含む不祥事を連発して 結局 内閣を放り投げてしまったのも、何かの因縁か…?)

 10月 佐藤首相は 「綱紀粛正」 の所信を表明するが、追い討ちを掛けるように 衆議院議長山口喜久一郎が 東京大証と言ういかがわしい手形割引業社長の “仲人” を務めていたことが露見し、世の顰蹙を買って辞任。野党と新聞は自民党の金権体質を攻撃 (パターンは いつも同じ) 、内閣支持率は 25%まで落ち込んだ。佐藤は 野党の審議ボイコットに行き詰まって 12月27日 とうとう 衆議院を解散した。いわゆる 「黒い霧解散」 である。
 

 

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