2050年の世界地図に “日本” は 存在するか 1
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“いどへいサン” を 知ってますか
たぶん私が 小学校 (当時は国民学校といったが) の1年生か 2年生だった頃。村長をしていた祖父が 誰かと、
「ああ 〇〇さんも イドヘイ になったか、偉い人だったが……」
と 寂しそうに話していたことを、微かに想いだす。私は 何の意味かもわからずに、“いどへいさん” というのは よほど立派な人なのだろうナ と思ったものだ。
“いどへい” とは、「井戸塀」 と書く。今や 死語になってしまっているけれども、広辞苑によれば 「政界に乗り出して私財を失い 井戸と塀しか残らない…」 と いうほどの意味だそうだ。後年になってからの耳学問で、昔は “こころざし” を樹てた政治家が、官憲の厳しい制約を潜って 天下国家のために奔走し 家屋敷(いえやしき) まで蕩尽 (とうじん) したあげく、跡に残ったものは井戸と塀だけだった という事例が、幾つか語り伝えられたそうだ。 いちばん近い例といえば 藤山愛一郎氏ぐらいなものか。
藤山愛一郎は 父 雷太が築いた藤山コンツェルンの後継者として、大日本精糖・日東化学・日本金銭登録機(NCR) 社長を歴任 日本商工会議所会頭をも勤めた。公職追放を受けたが 復帰後は日商会頭に再任されたほか 日本航空会長 経済同友会の代表幹事となるなど “財界の顔" 的存在だったのだが、昭和32年 岸 信介内閣発足に際し 岸に請われて外務大臣に就任 「日米安全保障条約改訂」 に貢献した。外相就任に当っては、日商会頭をはじめ 202に及ぶ 経済界での要職を全て辞任している。
岸 信介退陣後は、首相の座を目指して藤山派 (愛生会) を結成、以後両三度 自民党の総裁選に挑んだが何れも敗退、派閥維持のために巨額の私財を注ぎ込むも 周囲を取り巻く人物たちの食い物になったかのごとく、結果として藤山コンツェルンは衰微・解体してしまった。彼が事務所を置いていた ホテル・ニュージャパンの火災 (昭和52年) で、藤山事務所は全焼 「藤山現代中国文庫 (中国現代史資料を収集)」 も焼失した。コレクションの価値は 金銭に換えられぬ貴重なものだったが、彼が逸失し去った資産は 今日の金額で 1500億円にのぼったと言う。「絹のハンカチが 雑巾になった」 とも 「最後の井戸塀政治家」 とも言われたが、勲一等旭日大綬章を受け 連続第7回目に当る 昭和51年総選挙には出馬せず引退、60年2月22日死去した。(享年 87歳)
戦前の “井戸塀" と言われた政治家はともかく、昭和20年 22年の 「終戦解散」 「新憲法解散」 の総選挙をかいくぐり、混沌 (こんとん) の社会から登場してきた 戦後第1世代の 志 (こころざし) ある国会議員たちは、翼賛 (よくさん) のしがらみを持たず、保革の立場こそ異なれ 純粋な姿勢で日本の復興に取り組んだ。
約半世紀前 田中角栄らが出てきた頃と比べ、 かねがね 最近の内閣における閣僚構成と 施政能力の低下が気に懸かっていたの だが、「自民党幹事長室の30年(中央公論新社)」 の著者で 田中角栄から加藤紘一まで24代の自民党幹事長に仕えた奥島貞雄氏 (71歳) は 「政治家が小粒になり、自信がないために右往左往し、(自分の) 身の振り方しか考えない 情けない存在になった」 と政権党の人材難に警鐘を鳴らした。←(雑誌 “選択12月号より) 因みに氏は 半世紀を顧て 「ベストの幹事長は田中角栄であり ワーストは小沢一郎」 と断じてもいる。
国民の審判を受けていない軽量級二人の首相のうち、二代目の ニヒリスティックで醒めた 福田康夫の政権投げ出しによって、総選挙を予定する 後継 麻生内閣の陣容には驚いた。次掲の 「麻生太郎内閣 閣僚一覧表」 をクリックして ご覧いただきたい。中央右側 世襲の欄に薄く色をかけたが、首相を含む18人の大臣のうち 11人(61.1%) が世襲議員で占められている。更に 河村官房長官と 二階経産大臣が、山口県 和歌山県 の県会議員だった父親の跡目を継いでいるから 彼らも加えれば 世襲議員構成比は、13/18 = 72.2%とカウントされる。取敢えず総選挙をこなすだけの 急拵 (きゅうごしらえ) で 麻生周辺の腰巾着 (こしぎんちゃく) を掻き集めたに過ぎぬ間に合わせとはいえ、今の自民党は これほどまでに人材が払底 (ふってい) してしまっているのか と思わせた。
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麻生 とんでもない閣 の出現
まず首相の麻生太郎が5世議員で、父方を溯るならば 父 太賀吉 → 祖父 太郎 → 高祖父 加納久宜に至り、太賀吉の岳父 吉田 茂を辿ると 牧野伸顕 → 大久保利通 と 明治の元勲に行き着くが、初国会の所信表明では、彼はそのことを鼻にかけ 驕(おご) っているふうがあった。福岡県飯塚の旧炭鉱財閥の御曹司、幼時は飯塚で育ったと言うが 両親は わざわざ “麻生塾小学校” なるものを創り、3年生になってから 学習院初等科に編入させるといった、謂わば "銀のスプーン” を銜(くわ) えて生まれてきたような人物だ。前職欄には 麻生セメント社長としたが、実際の経営は番頭まかせではなかったか。贅を尽くしてのプレィボーイ、モントリオール・オリンピックには 金持ちのお遊び クレー射撃の選手として出場した。ひん曲がった口唇から べらんめぇ口調で喋られては、“川筋もん” も匙を投げているのではないか。
総務大臣の鳩山邦夫の閨閥も凄い。兄の鳩山由紀夫とは立場を異にしているが、元大蔵官僚 外務大臣の 威一郎を父に、元首相というより 文部大臣として 京大滝川教授を罷免に追い込む思想弾圧を行なったことで有名な鳩山一郎を祖父に、更に曽祖父鳩山和夫を頂く政治家ファミリーの4代目、邦夫は既に長男太郎を 東京都議会議員としてスタンバイさせている。彼は東大法学部を優秀な成績で卒業し、田中角栄の秘書を振り出しに 政界一筋を歩んできたが、莫大な資産と生育環境から見て 所詮 憂き世の辛酸がわかる人物とは思えない。ときどき 突拍子もないことを言い出して、周りを慌てさせる癖がある。ちかごろ何を思ったか 政商宮内義彦のオリックス不動産と日本郵政 (民営化 西川善文社長) との間に交わされた “かんぽの宿” 一括売却の不明朗に疑義を挟(さしはさ)み、話題を投げているが、彼に別段の意図がないならば その主張は的を射ており、ひょっとして 奥の院に通じる疑獄事件に発展せぬとも限らない。腰折れにならず 所管大臣の力を発揮するならば、少しは見直してもよいが…?
就任早々 国籍法改正問題で軽率な答弁を行なった、森 英介法務大臣も 華麗な閨閥の一員である。父は元環境庁長官 森 秀美、伯父に 衆議院議員 森 暁 森 清 がいるが、伯母の夫は元首相三木武夫、祖父は 昭和電工など “森コンツェルン” を創設した 森 矗。親族縁類を手繰れば住友財閥・濱口雄幸家につながり、ついには皇后の生家 正田家一族にも行き着く。森 英介 本人は 川崎重工に16年の社歴がある エンジニァ、原子力プラント熔接にかかる工学博士号を有する。父の没後 その地盤から議員に転進してきたのだが、法務大臣となると首を傾げる。大臣なんてぇものは 誰にでもできるということなのか。
中曽根弘文は ご存知 “大勲位” の長男。参議院群馬選挙区から出てきているから 歴(れっき) とした “親の七光り" 的 2世である。先般 郵政法案の参議院採決に当って反対を表明、法案否決の流れを作ったものの 小泉猿芝居総選挙後の再採決には賛成票を投じ 「親子二代の風見鶏」 と批判された。中川昭一は 自殺した “北海道のヒグマ” 一郎の跡を継いだ。5年の銀行員歴があるが 東大法学部で政治学科を専攻しているから、時期が早まったにせよ 予定の順路を歩いているわけだ。親子二代にわたるタカ派であり その発言には品格を欠く。浜田靖一は あのハマコーの倅だ。さすがに親子 顔がよく似ている。
舛添要一は、安倍政権のおりに暴露された 「消えた年金」 問題に乗っかって騒いでいるうちに、「そんなら お前 やってみろ」 と 内閣改造時に "損なクジ” を引かされた上 安倍に逃げられ、以来 福田 → 麻生 に厚労大臣として付き合わされているのだが、事件が発覚してから2年がたつというのに口ばっかりで 一向に成果を挙げていない。その間に “患者の緊急搬送" 問題 “医療崩壊・医者不足…” 加えて直近では 降って沸いたような経済危機で "派遣切り" 問題などと 息つく暇もなく、ブログのアップロードのように 解決を要する事件が 古い順から忘れ去られている有様だが、「5000万人の年金記録不明」 発覚以後 国民年金保険料に納付率は、どのくらいになっているのか。いったい何時ごろ 問題を解決する きっかけを掴むのやら……、次回総選挙の結果での お役御免 を待っているのではなかろうか。一見バイタリティはありそうだし ディベート能力には長けているようだが、タレント時代は威勢は 良いものの 無責任な破茶滅茶 (はちゃめちゃ) 発言も多々あり、いかがわしさが先立って “サプライズパワー(彼の持ち馬の名前)" は 期待できそうにない。
小渕優子や河村建夫 (中小企業の主任も勤まりそうにない 頼りなさ) は論外として、麻生内閣の顔触れを見回して 誰一人 省や庁の司 (つかさ) たる器量を備えた人物がいないのである。強いて言えば 与謝野 馨 ぐらいなものか……?
前任 福田康夫が、麻生をして マンガ好きの陽気なリーダー、名宰相・吉田 茂 の孫として人気のあるパーソナリティに期待し、民意を問うため 総選挙の実施を前提に政権を譲ったと はっきり言い、麻生本人も 「文芸春秋(11月号)」 で ゴーストライターが書いた文章に その旨 宣言していた筈なのだが “幸か 不幸か” 突如 アメリカ経済に激震が疾った。この20年来 「新自由主義経済」 を信奉してきたことで 足腰が脆弱になった日本経済は、「頼みの綱」 だった自動車産業から まさかの崩壊が始まった。 前の不況で根太が緩み 巨額の公的資金 (国民が納めた税金) を注入してもらって 何とか不良債権の始末をつけ、やっと この数年 未曾有(みぞう と読む) の利益を挙げられるまでに業績回復していながら、引き摺る累積赤字を理由に 10年このかた 1円の税金も納めようとしないメガバンクに続いて、日本の製造業がドミノ倒しになりそうな気配だ。麻生太郎はそのことを奇貨としてか 「政局より 政策が優先」 と 居座りをきめ込むつもりらしい。
大洋を越えて襲来する津波は、第1波よりも 第2波 第3波 のほうが大きいという。引き続いて押し寄せる大津波に備えるためにも、今 為すべきことは、総選挙を実施して 国民の信頼を凝縮した強力な政府が 叡智を傾注して対応に当るべきにも拘わらず、麻生が最初に行なったことは 政府・与党の誰に相談することもなく、 経済危機を凌ぐためにと称して、日本の全国民に 1人平均1万8千円 総額2兆円もの大ばら撒きをぶち上げる という 愚策だった。 もともとは公明党の 例のおねだりを “選挙対策” として採り上げた 「定額給付金」 だったのだが、年内に配分なんか出来る筈はなく、矛盾を突かれて右に左にブレまくり 挙句の果てに 対象範囲の判断を地方自治体に投げ出してしまったお粗末。オボッチャマの大盤振舞 (おおばんぶるまい) とはこのことで 一事が万事 IQ指数が低い麻生の化けの皮が剥れれば、只の オッチョコチョイに過ぎなかった。
余りの無慙さに 麻生内閣の店卸しをしてしまったが、実は斯くの如き無能・不条理な政府は 独り麻生内閣に止まらないのである。
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跋扈し続ける 世襲政治屋
左の 「歴代内閣閣僚のうち 世襲議員 構成比率」 をポップアップしてみていただきたい。戦後 (東久邇と石橋内閣は非常に短命だったが) 43代東久邇内閣から 92代麻生内閣まで29内閣の平均在任期間は2年2ヶ月 (因みに米大統領は 11代・5年8ヶ月)、平成元年以降で見れば (小泉内閣の5年5ヶ月を除いて) 1内閣平均 1年2ヶ月弱と極めて短く 仕事なんかできるはずがない。。
東久邇内閣は 別格官幣大社として別に置くとして、幣原喜重郎から大平正芳までの時代を 戦後第1期とするなら、中曽根康弘から村山富市までを第2期 橋本龍太郎以降を 第3期世代と考えてもいいだろう。区分けの仕方は幾通りもあるだろうが、私は 第1期の経済政策がケインジアン的思考を汲み、中曽根時代からは レーガノミクス (つまり ミルトン・フリードマンら シカゴ学派が唱えた新自由主義市場経済) の影響を受けはじめ、その流れを受け継ぎつつ 第3期には 意味も判らず他国の物真似しか出来ぬ 世襲政治家が国会に比重を増した時期とする 見方で仕分けた。
世襲を云々するより 人物・能力が大切だという人があれば、そんな 強弁は通用しない。前述 戦後第1期の総理大臣14人のうち 世襲議員は、吉田 茂、鳩山一郎、芦田 均 の3人(3/14=21%で 既に多いと思うが、それでも学歴を見ると)、東大卒が8人(57%) と多数を占め 後は池田勇人(京大)、石橋湛山(早大)、大平正芳(一橋) などだが、2期、3期15人の顔ぶれを見るならば、東大出は 中曽根康弘、宮沢喜一のわずか2人(13%)、あとは 早稲田が5人(33%)、慶応 2人(13%)、その他は 明治(村山)、上智(細川)、学習院(麻生)、成城(羽田)、成蹊(安倍) と 私学出身者ばかり、成城大、成蹊大などといっても名前も知らぬ人が多いだろう。これら 2・3期の歴代総理は、驚くなかれ 中曽根、竹下、宇野、海部、村山 を除き、実に10人(67%)が世襲議員上がりの宰相なのである (森善朗は祖父・父が町長)。そのうえ近年は 血縁者(福田父子、安倍・麻生の隔世継承) 的 組み合わせが出現し始めると、北朝鮮の金日正・成日、アメリカのブッシュ親子の関係を笑ってばかりおられぬ 異様な動向としか言いようがない。
さらに懸念すべきは 三木内閣のころから目立ち始めた、世襲議員の閣僚登用である。その構成比は 前掲一覧表に見るごとく、20%、30%、40%……と増え続け 福田内閣 50%、麻生内閣に至っては 61%(実質72%) にまで脹れあがった。「日本は神の国…」 と口を滑らせて 支持率がヒトケタ台に下がったり、ちょっと腹下しをしただけ、友党が駄々を捏ねだしただけで 「…もう辞めた」 と政権をおっ放り出すような “ひ弱" な 総理大臣が続出するのも、“故無し” としない。小泉純一郎は無意味な郵政改革ドラマを演出したり、靖国神社への戦犯参拝を意固地に繰り返して 隣国の顰蹙(ひんしゅく) を買い、ブッシュにおもねってイラク派兵を強行、シカゴボーイ竹中半兵衛平蔵に煽られて 強引な規制緩和・市場主義経済政策を推進し、自民党をぶっ壊すどころか 国民生活をガタガタに毀してしまった。だが そのほかの内閣は…と言えば、1年そこそこの短命で ほとんど な~んにもしていないのである。
(断っておくが、私は 東大卒を信奉しているものではない。 しかし アメリカのハーバード大学、イギリスのオックスフォード大学、フランスのパリ政治学院→国立行政院(ENA) などと同じように、東大法学部は 日本の政治・行政・司法等を担う知性の育成に 長年 資してきており、 優秀な人材を輩出してきた。 また その中から第1級の識見を有する人物が出現して、一国の宰相たるべしという考えを抱いてはいる。東大に比べ より自由闊達な気風を持つ 京大卒も面白い)
“末は博士か大臣か…” と言う言葉もまた死語になってしまった。試みに 次の 「歴代内閣閣僚事典」 をクリックして、最近内閣の閣僚名簿を点検してみていただきたい。私の見るところでは、記憶に止まっている大臣は、昭和58年9月 ソ連機による大韓航空機撃墜事件や 三原山噴火に伴う全島民避難に際して、危機管理に水際立った采配を振った 中曽根内閣時代の 後藤田正晴官房長官、あるいは二世議員ながら 宮沢内閣の官房長官として 「従軍慰安婦問題」 につき 調査結果を踏まえて勇気ある発言をし、また 折々に自民党の “良心” とも言うべき存在感を示す、河野洋平の名前が浮かんでくるぐらいなもので、後は入閣時に 「オラガ国サノ 大臣サマ」 と地元後援会が 万歳 する程度の、役人の掌(たなごころ) の上で 踊りをおどるか、失言・放言しかできず ひな壇で居眠りするようなお粗末な人物ばかり、大臣のカブも下がったものだと思う。実際 当節、心と頭がしっかり繋がった政治家は いなくなってしまった。
元 NHK労組委員長→社会党議員で 先月 物故された上田 哲さんが Web上に 「国会は半数が血族議員!」 というデータブログを載せておられる。主張は核心を衝いており、以前 米誌 「ニューズウィーク」 が採り上げたと言う。上田さんは この資料を江湖に提供するとおっしゃっているので、リンクを貼らせてもらった。(字が小さいので フォントを150%ぐらいに設定すると、よく読める。内容は十分 一読に値するもので お勧めだ)
私が 世襲議員について調べて見る気になったのは、「Yの昭和史」 に “総理大臣の犯罪 (角栄という人物)” を掘り下げているうちに この悪しき風潮は角栄時代の後遺症ではないかと 疑いを抱いたからであるが、調べを進めると 必ずしも 角栄の負の遺産だとはいいきれないと知った。確かに彼は、地元選挙区への利益誘導をもっぱらにした 族議員集団 “田中派” の親玉であり、自らも娘とその婿を国会に送り込んでいるが、議員世襲の始祖ではなかった。世襲議員の種子は 戦前から早くも日本の風土にばら撒かれ、戦中・戦後に その地下茎が生き残っていたのである。一時期 2世議員の出現が話題になったことがあった。昭和38年 “所得倍増解散" の際 橋本龍伍・小渕光平の2世 橋本龍太郎・小渕恵三らが、ともに26歳の若さで国会に登場 注目を集めたときだ。戦後第1世代が去っていき、その後選挙の回が重なるにつれて 2世議員が増えていった。昭和44年 “沖縄解散" のおりは、日本大学院在学中の学生だった小沢一郎が、急死した父 小沢佐重喜の地盤 旧岩手2区から初当選し、田中派に加わったという事実がある。
右の表は、今年11月時点の 現存する衆・参両議院世襲 議員を 党派別に分析したものである。 ひとり一人 Wikipediaでシビアに チェックしながら確認した。これでみると自民党は 約4割もの世襲議員を抱え込んでいるのだが、民主党の30人 13.5%も 決して少ない数ではない。衆・参両議院では 既に4人に1人以上が、親の七光りで 高額な歳費 (議員報酬) が稼げるようにたっているのだ。
ちょうどこの文章を書いているとき、「週刊朝日(1月31日号)」 に掲載された “大不況でも 国会議員の 「高給優遇」 だけは守られる" という記事を見つけたので、これを参考に議員歳費の内容を検 (あらた) めてみる。
国会議員の給料に当たる 「歳費」 は 現在 月額130万1千円、これに 民間のボーナスに当たる期末手当が 年額631万9607円、新人からベテランまで (議長や副議長はもっと高額) 年収2000万円以上が保証されている。平成19年における 民間企業サラリーマンの年収 (ボーナス込み) が 437万2千円というから ざっと4.6倍だ。だが こんなことで驚いてはいけない。このほか議員には、月額100万円の 「文書通信交通滞在費」 なるものが 支給されているが名目のみ、非課税の上 使途報告の義務もない掴みガネで、更に1人当たり 「立法事務費」 が 月65万円 渡されるので、これらを総合すると4173万円。月給方式であるから出欠に関わりなく、たとえ 汚職でブタ箱に入っていても 有罪が確定しない限り、確実に受け取れる。その上に 「政党給付金」 がある。選挙にカネが掛かるからといって 政治活動全般を助成する目的で、平成6年に お手盛りで導入された制度 (共産党は 憲法違反だとして受けていない) なのだが、たとえば自民党の場合 議員1人当たり4000万円余りだ。それでも その後、献金や寄付など不明朗なカネの動き、 パーティ券の売れ行きが減ったという話は ついぞ聞かないが……? (地方自治体の県会議員・市町村議員も 額に多少はあるが、お手盛り具合は ほぼ同じ)
無償 あるいは特別廉価というサービスも受けている。タダになるのは、全国JR路線グリーン車無料パス 東京と地元空港間 無料航空券との組み合わせもある。国会閉会中の 調査・研究視察と称する海外旅行も、ファーストクラス、超一流ホテル宿泊もセットされた 豪華版無銭ツァーだという。廉価サービスはこれに止まらない。都内一等地の議員宿舎は3LDK 電話・水道光熱費無料、9万2千円の家賃 (近隣マンション相場の1/5) で即入居可、 国会へ無料バスのオマケまでついている。まだある、秘書3人までの人件費2600万円が 公費負担になるが、(資料は少し古いが) 149人の議員が妻子を秘書にしており 推定年収が1400万円、残る1200万円が2人の秘書の給料 (ピンはね しなければ@600万円) というわけだ。こうなってくると 国民の税金から支払われる国会議員1人当たりコスト1億円という金額も、あながち出鱈目な数字ではない。公私混同 あまりの強欲さも ここまでくれば、 ただ 唖然とするばかりだ。 (公設秘書以外の秘書は、 腹に一物の企業や、いかがわしい宗教団体が 給料を負担して提供しているケースもある)
選挙区で当選して議員サマになると、何もしなくとも これだけボロ儲けが出来る。当節 代議士稼業は、井戸塀どころか御殿を立てるのだって容易いこと。だから 票になることなら、「何でもやっちゃう (荒船清十郎 昭和41年【この年】)」 そんな “乞食根性" の温床から 限りなく汚職事件が生まれるのだ。
前掲した表の下の段は、角栄や福田が活躍していた 昭和50年前後の、いわゆる 「三角大福中」 当時の派閥議員の子弟が、現在世襲議員として議席を占めている数を並べた。だいたい あの頃の勢力に見合う人数だ (田中派は 一部民主党へ移っている)。ご覧の通り 角栄に限らず、“児孫のために美田を遺さず” とする先人の倫理観もなく、国会議員が 如何に子供に跡を継がせてきたかが窺える。
(近頃 日本をぶっ潰し、弱肉強食の格差社会を現出させておきながら 「拉致問題なんか知ったことか…」 と さっさと議員を辞め、その上 厚顔ましくも神奈川11区横須賀で 4代目を出したいと次男を担ぎ出し、民主の強力対抗馬が出てきたので 小泉純一郎は 今まで 余りそりの合わなかった創価学会に対して 俄かに色目を使い始めているとか?)
国政を動かす国会議員に、何故 世襲議員が増殖・蔓延するのか。この 極めて日本的な風土、あるいは その土壌といったものについて、次回は もう少し掘り下げて考えてみよう。
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コメント
いつも重箱の隅をつつくような指摘ばかりで済みませんm(__)m
日本金銭登録機はNECではなく日本NCRではないでしょうか?
投稿: こうもり | 2009年2月 8日 (日) 01時21分