ヤクオ ギャラリー 目 次
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「ヤクオ ギャラリー」 の各タイトルを 最初の記事から昇順に、つまり 右サイド・バーとは逆の並びで一覧にし、全タイトルにリンクを貼りました。それぞれの記事には サブタイトル あるいは短い梗概を付して、内容が判るように工夫しましたから、全体像を俯瞰しながら お好みの記事をご選択いただけると思います。
私の別ブログ 「Yの昭和史目次」 と併せて ご愛読賜わりますようお願い申し上げます。
奥 山 和
【ひとり旅も また愉し】
タ イ ト ル サブタイトル または 梗 概
序 の こ と ば
ブログ開設のご挨拶。ハッピーリタイアメントしたものの 眼の前の “自由に
なった” 膨大な時間に びっくり仰天。カメラを片手に 世界の国々を旅して、
モノした紀行文や 訪ねた国の歴史探究。たくさんの写真も載せました。
ローカル空港 セキュリティの珍事
金属探知機を置いていないローカル空港で身体検査、猟犬のように 鋭い嗅
覚を持った探知棒が、全身を嗅ぎ回って ピッピッ ピィーッ と 吠え立てたら、
あなたなら どうする?
美し国 ニュージーランドで見たもの 1
美し国 ニュージーランドで見たもの 2
2月中旬 南半球のニュージーランドは夏真っ盛り。カラッと乾いた空気が爽
やか。南島の見どころをレンタカーで一巡り、マゥント・クックや ミルフォード
サウンドなどの絶景が待ち受ける。平原に転がる巨大なロストストーン。
小雨の峠越えで 路上に小動物の死骸が転々と散ばる凄惨な光景…etc.
雨に煙る プリンス・エドワード島
黒々とうねる海の彼方から 幾筋もの怒涛が打ち寄せて、ときどき ごうっと吹
く風に 白い飛沫をあげる。「波間に浮かぶ揺り籠」 と呼ばれる 安息の島も、
冬が近づけば こんな荒ぶる貌をみせるのか と、ふと見上げると まだ日暮れ
には間があるのに、海鳥の列が高く低く 塒をさして急いでいた…
旅 へ の 憧 憬 (A) あ あ 停 年 お お 定 年
馬車ウマの如く 遮二無二働きづめに生きてきたこの世代が、定年を迎えて
「さぁ これからが オレの第二の人生だ」 と 今後の生き方に惟いを馳せ、
ふと 気付くのが 眼前に積みあがった “自由に過ごせる” 膨大な時間の恐ろ
しさだ。
旅 へ の 憧 憬 (B) 毎 日 が 日 曜 日
人生80年、65歳からの15年を時間に換算すると 131,400時間。 3分
の1 は寝るとして ほかに拘束されることもなく、趣味に明け暮れなければな
らない時間は 年間76,000時間 生活必需時間を除き 1日当たりで12時間
44分にもなる。
旅 へ の 憧 憬 (C) さ て 私 の 場 合
未知の世界を放浪することで 絶えず好奇心を刺激すること。目的・目標を
前にして尻込みしたり 躊躇っていては、何事も実現しない。トラベルはトラ
ブル、旅の途中に ちょっと緊張するような局面を経験をすれば、より充実
した想い出が残る。ただ 日本人として 決して恥を掻かない心構えが大切だ。
セントローレンス川の黎明 1
セントローレンス川の黎明 2
ケベックの太陽は セントローレンス川に沈み、セントローレンス川から昇る。
日没は 何がなし哀しみを覚えるが、白み行く東の空を望めば 大いなる希
望が湧いてくる。遥か東の稜線が 仄かに白んで、光の矢が幾筋か指し そ
の光芒を受けたちぎれ雲が、紫紺の宙空に輝き 荘重に シンフォニー “黎
明” の序章を 奏ではじめた。
朝霧に浮かぶパーラメント
……この間20分足らず、オタワの街全体が すっぽりミルクの底に沈んだ。
私は呆然と霧の中に立ちつくし、思いがけなく現れた この夢幻の光景に
見とれていた…。
砦に谺する ゴッド セイブ ザ クィーン
夕陽に染まる古い砦で 近くの陸軍士官学校の生徒たちによる “戦争ゴッコ”
が行なわれると聞き、わざわざ曜日を合わせて見物に行った。…老人は懐
旧の想いに泪ぐみ、少年たちは頬を紅潮させ 目を輝かせる。…この国の健
全さを しみじみと思い知り、深い感動に包まれた。
マッターホルン 静 か な り
旅人にとってスイスの魅力は、なんと言ってもその美しい景観にある。千古の
雪をいただく “ユングフラウ ヨッホ” を主峰とするヴェルナー・オーバーラント
の山々。マッターホルンが聳える 秘境ツェルマットの町。通りすがりの車窓を
次々と過ぎ去る 名も知れぬ山々や田園の佇まいが、えも言えぬ絵になる…
http://yakuo.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_825f_1.html
とっていいのは写真だけ残していいのは足跡だけ…
南太平洋 フィジーの自然
電気がない テレビもない、道路がなければ 車もない。ないないづくしの 吉 幾
三の歌のようなナナヌイラ島だが、その代わり とびっきり美しい 無垢の大自
然と、島びとたちの温かい人情がいっぱいあった。ひょっとしたら彼らは 世界
中でいちばん 陽気で 楽天的で ひと懐っこい人種ではないかと思う。
新渡戸記念庭園の 老日系二世
「あの時分は豆ェ煎るみたいに働いて 仕事はキツかったけんど 楽しゅうもあ
ったでェ」 田中さんは目を細めて回想した。だが 好事魔多し、降って湧いた
ように起こったのが、1941年 日本海軍による真珠湾爆撃だった。日米間は
戦争状態に入り、カナダもまた参戦したので 田中さんたち在加日系人は否応
なく敵性人種になってしまった。
人間讃歌 ヴィーゲランの 「生命の樹」
このフログネル公園には、北欧のロダンと言われたグスタフ・ヴィーゲランの
塑像が 195基も置かれている。彼が かねて抱いていた構想を知ったオスロ
市は、1921年 その実現のために 敷地と材料のすべてを提供することを約
即し、無期限で自由な制作を依頼した。
ペンティクトンの フレッド・ディスジョーダン夫妻 1
ペンティクトンの フレッド・ディスジョーダン夫妻 2
頭髪はちょっと薄くなっているが、頬から顎にかけてゴマ塩の立派な髭をたく
わえてい、「誰がために鐘はなる」 や 「武器よさらば」 そして あの 「老人と
海」 で ノーベル文学賞を受けたアーネスト・ヘミングウエーを髣髴させる。
出てきてすぐ カウンターの内側に入ったから、どうやら このハウスのオーナ
-のようで、丸っこい目が 「客人 よく来たな、いい旅してるかィ?」 と言った
ふうに笑っている。
スイスのまほろば 四森州湖の畔で
かつてフランス革命に際して、民衆に追われたルイ16世を最後まで守り抜き
死んでいったスイス傭兵達。あるいは ナポレオンが冬将軍の猛襲によって
モスクワから敗退するとき、殿軍として酷寒の中に踏みとどまり全滅した傭兵
団のように、律儀で融通の利かないスイス人の 形を変えた奉仕精神が、現代
の個人銀行に 脈々として伝わっているのかも知れない。
旅先で出会った そっくりさんたち 1
旅先で出会った そっくりさんたち 2
そのヘネラリーフェ庭園に、数人の日本人ツァーを案内している “同志” ゴル
バチョフの姿があった。紺のソフトに同色のカシミアのコート、紺色のネクタイ
にはワンポイントをあしらっているといったダンディなスタイル。ちょっと巻き舌
の流暢な江戸弁を操りながら ときどき駄洒落を飛ばしては 一行をどっと笑わ
せる。セックス・アピールがあると言われた あの独特の、音吐朗々としたバリ
トンも変わらない。私は 何か不思議なものに出会ったような思いで眺めて…。
時 差 と 季 差
厳冬の朝早く 関西空港をテイク・オフして7時間ばかり南下し、シンガポール・
チャンギー空港乗り継ぎの間に 街なかに出ると、頭の上から灼熱の太陽が
ギラギラ照り付けて汗が吹き出す。更に南へ飛んでゴールドコーストに着いた
ら、そこは夏真っ盛り、まさにサーファーズ・パラダイスダ。
中 国 漫 遊 Ⅰ 史蹟と景勝を訪ねて 北京 (天壇・万里の長城)
地大物博人多の中国を 私は一度だけ訪ねた。さまざまな感慨を覚えた旅だ
ったが、Ⅰ・Ⅱでは 歴訪した都市や史蹟の印象録に当てる。“北京秋天” と
いう言葉があるように 深まりゆく華北の秋景は素晴らしいのだろうが、柳絮
の飛ぶ春先もまた……と
中 国 漫 遊 Ⅱ 西安 (兵馬傭坑) 桂林 (漓江くだり) 上海 (豫園)
中国旅行における圧巻は、古都・西安の東30キロ 驪山の麓の地下深くに
二千年もの間潜んでいた 秦の始皇帝守備軍団 「兵馬傭坑」 の発掘現場
見学であった。兵馬傭は1973年 畑で井戸を掘っていた一人の農民が、偶
然 掘り出した。それは まさしく奇跡であった。
中 国 漫 遊 Ⅲ 次世代に禍根を遺すか 「一人っ子政策」
老いたる親を子が養う。中国古来の美徳 “孝” の本義だが、一人っ子同士
の夫婦は これからどうやって四人の親を敬い孝養を尽くすのだろうか。21
世紀 中国の人々の “家および家族” に対する価値観は、根底から覆る…。
ア ー ユ ー ダ ィ ハ ー ド ?
世の中一寸先は闇、災難や事故は予期せぬときに起こる。年に何回か、地
球上のどこかでハイジャックや航空機の墜落事故が報じられて、私のおふく
ろなど そのたび毎に 「ヒコーキはこわいねエ あんたもそのうちに落ちるでェ」
わ が 食 べ あ る 紀 行
初めての都市へ足を踏み入れた場合、私は必ず日本料理のレストランを探
す。いや 和食が恋しいというわけではない。そこにはたいがい スシ・バーが
あるから カウンターの止まり木に腰をかけ、刺身などをつつきながら 板前さ
んからところの旅情報を仕入れる。忙しくなければ 気軽に応じて貰え、案内
書には載っていない観光のアナ場や 知られざるシャッターポイント、道路事
情、治安上の注意を教わることが出来るのだ。
手 作 り 旅 行 プランニング エトセトラ 1
私のひとり旅は 手配旅行だが、前述のとおり 最も楽しめる部分を旅行会社
に委ねるテはないから、旅程の設計は必ず私自身で組む。参考になるかど
うか分からないが、先年 「カナダ大西洋岸と メイプル街道撮影 16日の旅」
の計画プロセスを 以下に述べてみよう。
手 作 り 旅 行 プランニング エトセトラ 2
旅行者のための会話読本は いくつも市販されている。現に私の手元にも 何
冊かの会話本や 前回作った自家製ノートが溜っているけれども、印刷された
本頼みや 既に記憶が薄らいでしまった古いノートでは、いざ というとき 殆ど
役に立たない。だから 私はいつも、これから始める新しい旅行のために、さま
ざまなシチュエーションを想定した 日本語と英語の対話を書き連ねる…。
魔 法 の 王 国 を ゆ く (A)
…もういちど、あの目くるめくフロリダの陽光のもと、オーランド周辺に集中す
るテーマパークの非日常性の空間に身をゆだね、その全てを見尽くしてやろ
う、と考えた。無邪気な童心に還る旅というか、物数奇な年寄りの 冷や水旅
行というべきか、還暦を過ぎてから こんなところへノコノコと “ひとり旅” する
酔狂な者も珍しかろう。
魔 法 の 王 国 を ゆ く (B)
ショーがフィナーレにさしかかると、大合唱は再び英語に戻り 場面は白一色
に変わる。人形たちが着ている衣装も 背景も、全ての色彩が消え去って 透
き通るようなな無垢の世界に包まれるのだ。ステージの子供たちは 胎児だ
った頃に帰ったかのごとく、私は一瞬、この場面をスタンリー・キューブリック
の映画 「2001年宇宙の旅」 のラストシーンと “二重焼き” に 重ねあわせ、
このアトラクションに ディズニーの哲学を垣間見た…。
AARP (全米退職者協会) を訪ねて 前編
退職者仲間で 健康保険組合を作ろうと思ったカリフォルニアの エセル・パー
ツ・アンドリュース女史が、“To serve.Not to serve.(老人は奉仕せよ、
奉仕されるべきではない)” というスローガンを掲げて興した リタイアー相互
の援け合い運動が、今日 全米で3500万人を擁する巨大な組織に発展した。
政治にはニュートラルとしながらも、無視できぬ勢力である。
AARP (全米退職者協会) を訪ねて 後編
一貫して 非営利の姿勢を崩さず、数十万以上のボランティアによって運営さ
れている。その活動は、多様な保険商品の廉価斡旋、健康器具や薬剤、自
動車、家具から ペット・フードまで、多岐に亘るディスカウント・サービス、数々
のシルバー特典を組み込んだツァープランの提供など、アメリカの高齢者に
とって 無くてはならぬ存在になっている。
“ひとり旅” 紀行文の 登載を終えて
…以前に書き溜めていた紀行文をワードテキストにリライトし、ルビや画像な
ど 装飾に当たるもとを全て削除してから、メモ帳を介してブログに貼り付け、
そののち画像を再挿入する と言うやり方で、それはもう難行苦行。現に手元
の 「記事一覧」 の約3分の1が、操作途中でリッチテキストからブレーンテキ
スト(html)に変わってしまった残骸 (私には そうとしか見えません) で占められてい
ます。でも PCには日本語で表示されましたから、何とかなったという次第…
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【スライド シァター ・ シナリオ】
清 流 四 万 十 川 前 編
四国山地のいちばん奥まったところ 西土佐の山峡を流れる四万十川の流
域には、いまはもう 失われてしまった “日本の農村” の いわば 原風景が
残っていると聞いて 旅心が兆し、夜の瀬戸内海を渡った。
清 流 四 万 十 川 後 編
窪川町の “ひろは ちしゃの木”。樹齢700年を超えると言われ、国の天然
記念物に指定されているそうだ。人は 悠久の時の移ろいを表現するとき、
川の流れに譬えるが、このように星霜を経た瘤だらけの老木や その幹に
刻み付けられた年輪に、歴史の跡を まざまざと見る場合もある。
カナダ大西洋岸とメイプル街道 1
トロントから入って プリンス・エドワード島、ノヴァスコシアのハリファックス、
更に東へ飛んで ケープ・ブレトン島のキャボット・トレイルを一周したのちケ
ベックに引き返し、そこから かつて16世紀にジャック・カルティエが遡った
という セントローレンス川沿いに歴史の道筋を辿ってモンテ・ベロと 晩秋
のローレンシャン高原に遊び、首都オタワに立ち寄って 再びトロントへ戻る
という 16日間の行程であったが、この間レンタカーの走行距離は 1800
キロにのぼった。
カナダ大西洋岸とメイプル街道 2
ここでは あわよくば、“ホエール・ウォッチング” か 北極圏の珍鳥 “パフィ
ン” の群棲地を見てみたい と思っていたが、尋ねてみると どちらも OK と
いう返事。ところが よくよく確かめると 両方とも 「漁船を雇って 往復に10
時間はかかるという。無理をすれば……
カナダ大西洋岸とメイプル街道 3
ホテルのフロントで、昨年まで西宮に住んでいたというアレィン君から教わ
って 郊外の渡り鳥の飛来地へ行った。コハクチョウかハクガンの群れの
ようだが、ここは地元の観光案内にも出ていない 秘密のスポットである。
カナダ大西洋岸とメイプル街道 4
雨に煙るプリンス・エドワード島のセピァにくすんだ海の色。インゴニッシュ
から眺めた大西洋の日の出。キャボット・トレイルに 突然懸かった “天恵
の虹”。ケベックの黎明に耀くちぎれ雲。朝霧に浮かんだパーラメント。半
月の間 私は行く先々で朝夕 様々なシチュエーションの光と影をフィルム
に焼き付けてきたが、旅の終わりの ここオンタリオ湖畔でも、ファインダー
いっぱいに広がる茜の空を、時間を忘れて見入った。
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【訪問国のなりたち & 雑文】
スカンディナビア物語 1
ノルマンはどこから来たか、原始スカンディナビアの形成。
スカンディナビア物語 2
北欧古代の “Voyager” バイキングの遠征と跳梁。
スカンディナビア物語 3
北欧3国 諸王朝の盛衰 キリスト教とハンザ同盟。
スカンディナビア物語 4
カルマル同盟以降 兄弟同士 せめぎ合いの時代。
スカンディナビア物語 5
ナポレオン戦争の影響 近代への序曲。
スカンディナビア物語 6
北欧に花開いた文化と学術 その偉大な知性と個性たち。
スカンディナビア物語 7
二度の世界大戦と大恐慌の嵐の中で 四者四様 中立国が蒙った試練。
スカンディナビア物語 8
モデル福祉国家 北欧諸国復興の軌跡。
スカンディナビア物語 むすび と トロルの世界
これら北欧の歴史伝承を わが国のそれに当て嵌めるならば、さしずめ
「古事記」 「日本書紀」 といったところ。そしてここに紹介する “トロル(
Trolls)” の物語は、日本古来の 「お伽噺」 に当たるものだ。闇に包まれた
炉辺で 家長を囲む大人に混じって、子供たちもまた 遠い祖先の伝説に
聞き入るのだが、そこには子供向けの おどろおどろしい妖怪話もあった。
北 欧 に 学 ぶ (朝 日 新 聞) 2
生新の気に満ち充ちていたかの国々の 21世紀の姿はどうか、いま一度
この眼で確かめたいもの… 北欧の地への想いは募る。そんなとき、平成
20年5月、朝日新聞が 見開き全紙を通して 「北欧に学ぶ」 という特集を
組んだ…。
















































































































































































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